2002年9月12日
GRIPS開発フォーラム
ジェフリー・サックス教授(コロンビア大学)等の見解
WSSDサイドイベントでの議論より
WSSDサイドイベントの一環として、2002年9月1日に経済産業省/RIETIが主催したワークショップ「東アジアの開発・協力経験」における大野健一の基調講演に対するジェフリー・サックス教授(パネリスト)の発言、及び質疑応答の要旨は以下のとおり(特に聴衆の質問が集中したサックス教授を中心にとりまとめた)。
ワークショップ概要:
Workshop “Growth Driven by Trade, Investment and Economic Cooperation: The East Asian Experience of Economic Development and Cooperation” Keynote Speech: Kenichi Ohno (Consulting Fellow, RIETI/Professor, GRIPS) Moderator: Yoshihiko Sumi (Director-General, METI) Panelists:
Jeffrey Sachs (Professor, Columbia University), Chakramon Phasukawanich
(Secretary General, NESDB, The Government of Thailand), Xian Zhu (Principal
Director, Office of Cofinancing Operations, ADB) |
基調講演 "The East Asian Experience of Economic Development and Cooperation" 論文(英語, pdfファイル132KB)、論文(日本語,pdfファイル 52KB)、PPTスライド(679KB)
Jeffrey
Sachs (Professor, Columbia University)
東アジアの開発経験、貿易・投資
東アジアの開発経験から学ぶ必要は大きく、WSSDにおいて日本政府がこういった機会を企画したことを評価。また、発表者(大野健一)の見解に基本的には賛同。
東アジアの成功は、ワシントンのIMF・世銀の指導に従ったからではない。途上国は成長を含んだ開発戦略が必要である。自由化や民営化だけでは戦略たりえない。明治維新に日本は技術導入により工業化に努めたし、アジア諸国の雁行形態による発展は、輸出・FDI・技術導入によるところが大きい。
アフリカは資源関連以外ではFDI誘致は低調である。IMF・世銀は「産業政策」に反対しているが、この見方には異論あり。アフリカは工業化の道を考える必要がある。
東アジアの開発経験の移植可能性
東アジアの成功は、@工業化(ビジネス戦略)とA人間開発・社会開発の2トラックから成っており(*例えば日本は明治時代に公衆衛生の普及に努力)、両者を重視すべし。特にアフリカにおいては後者Aも重要である。
東アジアの雁行形態型の開発モデルは万能ではない。日本に続き韓国や台湾が離陸できた重要な要因として、地政学的(geopolitical)事情がある。当時米国は、安全保障上の理由でこれらの東アジア諸国の発展を支援し市場を提供したが、こういった地政学的要因はもはや存在しない。従って、現在のアフリカの工業化は、当時に比べはるかに困難な課題といえる。
東アジアは地理・立地上でも有利であった(例えば、植民地時代の日本の韓国へのインフラ建設)。海へのアクセスの有無は開発を左右する重要な要因である(”Coast-led Development”)。アフリカの人口の80%は内陸に住んでおり、内陸国も多い(熱帯気候のため内陸高地が活動の中心となりがち)。その結果、インフラ投資や輸送コストが高くなるという問題がある。
アフリカの開発
アフリカは東アジアの開発経験から技術導入や工業化の重要性を学ぶべきである。そして世銀も学ぶべきである。
アフリカは開発にあたり戦略的アプローチをとる必要がある。特に、都市を基盤とする開発戦略(”Urban-based Model”)が重要で、主要な港湾都市(ダルエスサラーム、マプト、アビジャン、アクラ、ダカールなど)を中心に産業誘致策を考えることを提案。そのために(IMF.・世銀は反対するが)タックスホリデーを含む税優遇措置なども検討する必要がある。
工業化は重要だが、社会投資も軽視すべきでない。社会投資だけでは成長の十分条件にならないが、開発戦略の重要な要素である。特に教育、保健はアフリカにとって重要。
気候条件を始めとして、アフリカの開発の展望は東アジアに比べより困難だが、技術基盤を築いていくことが大切である。日本政府がアフリカ援助を削減しないよう切に望む。
Xian
Zhu (Principal Director, Office of Cofinancing Operatoins, ADB)
東アジア型の開発の定義
東アジアの開発経験からは、成功面だけでなく失敗面も学ぶことが重要。
中国が日本の開発の成功に触発(inspire)されたのは確かである。改革開放政策への転換を図り約20年が過ぎたが、中国の経験に照らせば、各国の事情に応じた適用に努めれば東アジア型の開発経験は今なお有効と考える。開発に着手するのに遅すぎるということはない(”It’s never too late”)。
「産業政策」と計画経済とは異なる。前者はよりダイナミックなプロセスであり、発展段階の一定時期に政府が果たす役割として位置づけるべきである。政府と市場の関係は発展段階などによって変わっていくものである。
援助や一次産品の輸出依存から脱却するには工業化が必要。ただし、東アジアの経験を盲目に模倣するのでなく、各国の事情に合わせて適用することが重要である。
東アジアの開発経験に係る更なる調査研究、及びそれを紹介するTool
Kitのニーズは高い。
貧困削減と経済成長
貧困削減が崇高な目標であることに異論はないが、中国の場合には貧困削減自体が政府の”overarching”な戦略ではなかった。また、中国は貧困層をターゲットした政策・措置を実施したが、貧困削減を開発における唯一の目標と位置づけていたわけではなかった。成長を通じた貧困削減は自立(self-reliance)という観点から重要であり、開発戦略の一部となるべきである。
地域協力
これまで東アジアの域内協力は市場ベースであったが、今後は制度的枠組みづくりを進めることが必要。その際に、@FTA、AASEAN+3、B新しい金融アーキテクチャー(チェンマイ・イニシャティブに類するもの)の3つの柱が重要になろう。特にBについては東アジアの貯蓄を還流する金融システム構築という意味がある。ADBの役割も再検討する余地がある。
【質疑応答】
都市を基盤におく工業化・FDI誘致戦略に加え、農業・アグリビジネス・一次産品に基づいた成長戦略も考える必要はないのか?【大野健一】
→【J.
Sachs】アフリカは農業人口が多いことは事実だが、一次産品だけでは成長の起爆剤になりえない(例えば、マレーシアとガーナはともにパーム油を始めとする一次産品輸出国であったが、マレーシアは輸出加工区の設置により工業化を飛躍的に達成)。今までの開発戦略は都市を基盤とした工業化を軽視しすぎており、自分としては”Urban-based
Model”を強調したい。
民営化は開発戦略として不十分という発言にもかかわらず、ロシアに対しビッグバン型の民営化をアドバイスした理由は如何?【大野健一】
→【J.
Sachs】ロシア・米国・世銀は自分のアドバイスに耳を傾けなかったので、ロシア政府に対するアドバイザー職は短期間で辞任した。従って、自分はロシア政府が採用した政策の帰結には責任ない。一方、ポーランドに関して、欧州市場への地理的近さという観点から産業の効率化が重要と考え、同政府に対しビッグバン型の民営化をアドバイスした。
Xian
Zhu氏の中国の経験に基づく、「開発に着手するのに遅すぎることはない(It’s
never too late.)」との発言に勇気づけられた。しかし、アフリカ諸国は債務、感染症(マラリア、HIV/AIDSなど)、IMF・世銀のコンディショナリティ、PRSPといった多くの問題に直面しており、どうすれば開発の糸口をつかむことができるのか教えてほしい。また、開発トレンドはめまぐるしく変化し、現在は貧困削減が至上目的となりインフラ開発への支援を得るのが難しい状況にある。成長戦略を具体化するにはどうすればよいのか?【コートジボアールのアチ経済インフラ大臣からの質問。先立つセッション(外務省、IDEA)でも川口外務大臣に同様の問題提起】
→【J.
Sachs】IMF・世銀の処方箋は、工業化への取組みに対する解決策になり得ない。日本政府、METIの助けが必要であろう(笑)。まず各国自らがFDI誘致策と人間開発を軸とする成長戦略をつくることが大切である。その際には、「キャパシティ・ビルディング」といった抽象的なプロジェクトを実施するよりも、(例えば、EPZを設置し実際に問題に直面し対応するといった)試行錯誤で現実の体験から学ぶ(learning
by doing)アプローチの方が有効と考える。また、債務問題への対応も必要で、個人的には債務棒引きを提案する。
→【J.
Sachs】アフリカをとりまく困難・不利な状況に鑑み、アフリカ諸国はIMF・世銀、先進国に対し強い交渉力をもつ必要がある。NEPADはよい試みだが、これだけでは不十分である。交渉すべき内容は、@先進国市場へのアクセス、A債務棒引き、B開発援助である。
中国の農村開発・工業化の経験を教えてほしい。いかにすれば、短期間で成長戦略をつくり実践できるのか?また、途上国の先進国市場へのアクセスについてどう考えるか?
→【Xian
Zhu】中国は過去の失敗から学んだ。計画経済は成長戦略になり得ず、改革開放路線を採択する必要性について指導者の間で強いコンセンサスが生まれた。開発へに取組むためには、全体のブループリントを作ることが重要。農村開発・工業化に関しては、余剰労働力を活用した郷鎮企業が起爆剤になった。
→【J.
Sachs】南アは科学技術の基礎があるので輸出振興を強化すべき。ただし労働市場が硬直なので、その面での改革が必要。また、途上国による先進国市場へのアクセス問題は非常に重要である。現在の貿易ルール、MFAのもとで、アフリカが比較優位のある分野(一次産品の加工、繊維など)で輸出を伸ばすのは困難である。「産業政策」の範囲に柔軟性をもたせ、現在のルールとどう折り合いをつけるかを考えていく必要がある。
地域統合についてどう考えるか。
→【J.
Sachs】地域統合は有効だが、先進国(地域)市場へのアクセス強化につながってこそ意味がある。例えば、メルコスールは南米の加盟国だけの統合であり、グローバル市場に対しては閉ざされたままである。
以上。
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