2003年5月12日
アフリカ支援再編成への提言
〜量的制約下における受動から能動へ〜
大野健一(政策研究大学院大学)
高橋基樹(神戸大学国際協力研究科)
世界的に貧困削減への関心が高まるなかで我が国はODA予算カットに直面しており、それゆえに援助効果の向上が不可欠となった。我が国にとって重点援助地域は東アジアであるが、世界の注目が集まるアフリカ支援においても一定のビジビリティを確保し、さらには少数国におけるリードドナーとして新成長戦略を提示することにより、予算増なしに指導性を発揮することが肝要である。そのためには我が国のアフリカ支援を選択と集中、成長支援の充実、迅速性・柔軟性の確保等を柱として早急に再編成することが必要である。それなしには我が国の対アフリカ援助は支援額以下の評価しか受けなくなり、また国内的にも評価につながらない援助への批判が高まる。それでは、優等生の東アジアのみを対象とする我が国のODAは縮小均衡と国際的孤立に陥る可能性がある。アフリカ支援の再構築は、我が国がODA政策全体において自信と誇りを取り戻せるかどうかを決める重要な鍵である。
もとよりアフリカ開発は困難な課題であり、国際機関や欧米ドナー、さらには日本も失敗を累々と重ねてきた。我々も問題の大きさに対しては謙虚でなければならないが、リソースと仕組みを整え必要な準備を怠らなければ、我が国は欧米とは異なる有意義な貢献ができると信ずる。HIPC・PRSPや援助協調は、開発に向けた行財政制度の再編が主眼であって、成長の中身への洞察が十分でないことは、国際的にすでに認識されている。またアフリカを含む多くの貧困国は、現在のPRSPに満足せず、希望を与えてくれる新アプローチを切望している。当初から完全な解決を示す必要はなく、失敗を過度に恐れる必要もない。いま要請されているのは、アドホックな「対応」を積み重ねることではなく、各途上国の個性を尊重した上での長期的・包括的・実物的アプローチの新構築である。この過程において、PRSPや援助協調は受動的に対応するものではなく、日本がめざす目的のために大いに活用すべきものである。
その1.アフリカ支援の戦略的意義
(1)貧困削減への貢献
MDGを心から信奉するか、経済成長と貧困削減のいずれが目的でいずれが手段であるかは、援助実施にとって大きな問題ではない。重要なことは、その時々の国際潮流を利用しながら日本がめざす開発の中身を実現していくことである。世界が貧困削減を標榜している現在、このボートに日本の商品(生産振興に基づく成長戦略)を載せ、国際的認知を受けるとともに他ドナーの資源を動員する必要がある。我が国のアプローチを「東アジア的発想に基づく貧困削減への貢献」という看板を掲げて大いに宣伝すべきである。同時に、ただ東アジアの経験というだけでなく、それが他の地域、とりわけアフリカの置かれた具体的な文脈においてどのように有効なものとなるか、を明確にするスタディを直ちに開始するべきである。過去の「東アジアの経験」論は移転する相手方のことを十分考慮していなかったことにその問題点があり、アフリカの指導者や知識人の多くがそのスタディの成果を待ち望んでいる。
(2)生産セクターにおける包括的支援パッケージ
成長の重要性は広く認知されているが、そのイメージする内容は(個別産業を含む)具体的中身を重視する我が国と一般的枠組を志向する欧米ではかなり異なっている。成長支援において、我が国は比較優位をもつ生産セクターでリードドナーとなるべきである。もとより、過去のアフリカの、近代的製造業に重きを置いた産業振興政策が惨憺たる失敗に終わったことを十分に認識しなければならない。比較優位・資源賦存の点からも、また持続的で広汎な貧困削減のためにも、重視されるべきは広い意味での農業である。そして、問題の多いアフリカの行財政機構の能力については慎重な見極めや建て直しのための支援が必要であることも銘記されなければならない。その上で小規模灌漑等の農村インフラ開発・地方道路・水資源など具体的な案件を核として、関連する設備・技術・制度・政策・訓練・流通・市場などをパッケージ化した、長期的包括的な生産・雇用振興プログラムの構築を提言する。その実施単位は一国内の地方であっても、複数国にまたがる地域であってもよい。また政策対話・開発政策策定支援を通じて途上国政府の能力を高め、援助協調スキームを通じて他ドナーの人的・資金的資源を活用することもこのパッケージの重要な狙いである。このアプローチは当初ごく少数国において集中実施し、その成功を通じたデモンストレーション効果を期待したい。この支援方法はアフリカにとどまらず、東アジアを含む全世界においても採用されるべきものである。
(3)成長支援のためのselectivity
このような生産セクター支援に際して、候補国・セクターの選択はその目的に合致した基準をもって行われなければならない。マクロ経済の安定、透明性、効率性、民主主義、市場志向などを旨とする通常のselectivityとは異なる、独自のselectivity基準を打ち出し、それを案件選択に用いると同時に納税者・有権者、そして途上国や他のドナーなど、内外に向けて発信すべきである。その内容にはおそらく次のようなものが含まれよう:@政治・社会の安定性、A最高指導者をはじめとする政治・行政の指導者層の熱意と理解、B整合的な政策立案が可能な組織、C政策を一貫して、かつプライオリティに従って実施でき、腐敗の少ない行政機構、D日本側の情報・経験の蓄積および現地での支援体制。これは比較的狭い基準であって、自由化、民営化などが含まれていないことに留意したい。ただしマクロ安定はすべての支援に不可欠である。
(4)国民への説明責任
国内不況なのになぜアフリカ援助かという問いには、@貿易・資源確保などを通じた狭い国益、A貧困削減と国際社会の不安定化の要因の除去というグローバルな貢献、B援助大国としての名誉ある地位・指導性、の3つを対象グループにあわせて適宜組み合わせるのがよいであろう。アフリカ援助に関わる説明責任は、選択と集中、援助協調を含むあらゆるツールによる効率化を通じてより高い効果をあげることによって果たされるべきであり、旧態依然として量の確保・増額を追い求めることを念頭に置くべきではない。新機軸の導入によって減額しながらも効果を高めていくという正当化は、アフリカ援助から完全に撤退せよという強硬派は別として、かなり説得性のあるものではないか。
その2.要請されるアクション
(1)選択と集中、資源の再配置と動員
我が国のアフリカ援助はすでに特定国に集中しているという声もあるが、我々はセクターや政策支援分野なども含め、さらに選択と集中を進めることが重要と考える。ある国について全体の援助額を削減することは当該国との外交関係にとり厳しいことは十分理解できるが、我が国の財政は過去の自動延長を許す状況ではない。上記の新selectivityに沿って新成長支援のための候補国・セクターを新たに選択しなおし、資源の再配置と集中を実現して、それを我が国のアフリカ援助の新たな柱とすべきである。
援助協調に関わってしきりに指摘されるのは、日本の資源、特に人材の不足とそれによる埋没(ビジビリティの喪失)の危険性である。だが、日本に人材が欠けているというのは、戦わせずしてする敗北宣言であり、かつ大きな誤解に他ならない。日本には人材がいないのではなく、それを活用できていないだけである。その大きな要因が日本の援助活動の開発戦略なき拡散である。そのためにも、日本は大胆な選択と集中を行い、優秀な人材に、政策提案を含む質の高い仕事を行わせることが必要である。同時に、現在の人材募集のあり方を徹底的に見直すべきである。限られた特定の分野からのリクルートではなく、現在の援助改革・援助協調の流れ、アフリカや途上国の状況、当該分野の専門性などを備えた人材を広く求めるべきである。繰り返し指摘したいが、日本には優秀な人材がいる。欠けているのは、それを有効に配置し、活用する戦略と仕組みである。
(2)迅速性と柔軟性
他ドナーの現地権限委譲・援助協調・共同枠組化が進んだ現在、現地の動きはきわめて速くなった。我が国の単独・年次・東京ベースの政策決定では日単位で進む現地の援助活動について行けず、フラストレーション・孤立・批判を招いている。日本が欧米型援助モダリティーを100%採用する必要はなく、プロジェクト方式の援助を含む「ベストミックス」を掲げ続けることは構わない。しかし、多くの国では、欧米ドナーとともに援助協調に参画しなければ、政策策定プロセスへの発言権を保持することができなくなっていることを見逃してはならない。そして、ある臨界値をこえた迅速性と柔軟性を確保するために、既存制度の調整は必要である。現地関係機関、とりわけ実施機関事務所に対する権限委譲を進めるとともに、現地でのパフォーマンス基準も明確にして、委譲した権限に見合ったパフォーマンスを求めるべきである。現地での日本の異なるモダリティー間の連携向上のためにも処置を講じるべきである。法律改正や追加人員・資金が不要で、既存リソースの組替えだけで達成できる迅速性と柔軟性は即座に実現すべきである。これらの方針につき、東京から明確な指示を行なう必要がある。そして、現地において日々の政策協議に対処できるよう、能力強化を進めなければならない。
(3)援助体制の修正(具体的項目)
援助協調を有効利用・主導するために、以下が可能になるような現地権限委譲や制度調整が必要とされている。
@一般財政支援
Aコモンバスケットファンド
B覚書への書名
C 現地での緊急・柔軟な対応(セミナー、ワークショップ、ローカルコンサル雇用、共同報告書の使用等)
D 手続き調和化(共同ミッション・報告書、調達の共通化・アンタイド等)
E 援助予測可能性
Fモダリティー間の連携強化:とりわけ資金協力と技術協力の連携強化(JBIC/JICAの合同事務所化を含む)
(4)国際的な連携と発信
新成長戦略の骨子はTICADIIIで提案されるべきである。詳細が決まっていなくても、新政策導入の意図を宣言するだけで十分である。関心を示す国・機関が出てきた段階で、彼らと詳細を詰めていくのがよい。その際にはNEPADとの連携が不可欠である。
産業ごとの事情に即した具体的な成長戦略が必要と考えるのは日本人だけではない。東アジアはもちろん、アフリカを含む途上国地域、国際機関、LMDG諸国にもそうした人々はたしかにいる。彼らと知的連携を広げていくことが有益である。また何度か指摘した通り、日本の二国間援助だけで支援を完結させようとすべきではない。現地・欧米・南南協力を含めた他国の知識、および国際機関・他ドナーの資金を動員することは、単にリソースを増加するのみならず、我が国が開発のリーダーシップをとりアジェンダ設定に関わるという意味で重要である。そのためには理論武装、広報活動、援助人材育成が強化されねばならないことは言うまでもない。
(5)円借款再開の可能性
HIPC諸国には新たな円借款が提供できないという制約がある。借金を返済しない国に対する措置としてはある意味では当然である。だが同時に、この制約がオールジャパン体制での新成長支援を妨げることも事実であり、政策策定支援との強いリンケージ、案件ごとの規模の大幅な見直し、受益者からのコスト・リカバリーの仕組みの強化など改善措置を施したうえで、円借款再開は模索されてよい。とくに政権がかわり、あるいは政策体系が根本的に転換され、政治や行財政機構の体質が改善されるなどして、上記のselectivity基準を満たすような政府が途上国に生まれその持続が予想されるときには、円借款の利用可能性が考慮されるべきである。また、HIPCスキームがCompletion Pointに達し、債務の持続可能性が回復した国についても、積極的な考慮が必要であろう。現状では個別HIPC国への円借款は出せないが、複数国あるいは国際・地域機関を通じた円借款は可能である。またこの制約自体が我が国の内部規定であるから、ある将来時点において見直すことがあってもよいと思われる。
その3.新成長支援の候補国と他案件
(1)タンザニアの農業セクター
タンザニアはアフリカにおける我が国の重点支援国であるのみならず、近年の現地での努力により、日本は農業セクターのリードドナーとなっている。またタンザニアは援助協調の先行国でもあり、他ドナーも同国への政策的関心は高い。日本側の情報・経験の蓄積および支援体制という基準からは、タンザニアの農業セクターを新成長支援実施の最有力候補と位置づけることが自然であろう。しかしながらリードドナーとしての我が国の地位は磐石ではなく、現地の激しい動きの中で継続的なインプットがなければその地位を失う可能性がかなり高い。そうなれば日本はアフリカにおける唯一最大の成長の支援・ビジビリティ発揮の基盤を失ってしまう。
このリスクを回避し、タンザニアの農業セクター支援をさらに活性化させるために行わなければならないことは以下の2つである。
@上記2(3)で示した援助体制の修正を早急に実現して、我が国がリードドナーとして必要な知的・資金的貢献を行なえるようにすること。とりわけセクター・コモンプール、あるいは財政支援など、農業セクターの資金的支援枠組みの創設には、先手を打って積極的にイニシアティブを取る必要がある。もしタンザニア政府と主要ドナーが合意した財政支援枠組みに参画できないならば、せっかく貴重な資源を投入して現在まで築き上げた日本のリードドナーとしての地位はもろくも崩壊してしまうだろう。
A日本・東アジア的観点からすると、現在の農業セクター開発計画(ASDP)の中身はまだ十分ではないので、自治体レベルや現実の農村レベルでの効果的な計画実施に向けた支援を強化してゆく必要がある。最も貧困でありながら、将来の成長ポテンシャルを豊かにたたえたコースト州は、今後他の地域との比較検討など慎重な検討が必要であるが、生産振興に根ざした貧困削減という日本なりのアプローチを試みる地域として、支援の集中を図る対象を選択するにあたり、検討に値するだろう。こうしたアプローチの成功のためには、十分ですぐれた人員・資金が投下されねばならない。とりわけ重要な人材は、現在までの援助改革・援助協調の経緯、PRSP等の行財政再編の枠組みを十分理解し、その中での日本なりの生産アプローチを打ち出してゆくことのできる人である。この際には日本の主導のもとに現地の政府・研究者、他ドナーのリソースを動員する。ASDPの質向上は新成長戦略の核心に触れるものであり、それが実現しなければ前進することができない。慎重かつ十分な資源投下が望まれる。
(2)少数ケースの追加
タンザニアの農業セクター以外にも、準備が整うにつれ1、2のケースを追加することは可能であろう。政治・社会的安定および我が国の情報・経験・援助体制からすると以下を候補国として挙げることができるが、これらがすべて当確というわけではなく、またこれ以外の国を考慮に入れないという意味でもない。複数国にまたがる案件も可能である。最終的決断は当該国が成長支援のためのselectivityを満たすかをよく見極めたうえで行なわれるべきである。現在GRIPSは前JICAタンザニア事務所企画調査員榎木とも子氏に依頼して、候補国・セクターの予備的なマッピング作業を東京にて実施中である。
ウガンダ、エチオピア、ガーナ、ケニア、ザンビア、セネガル、マラウィ
(アイウエオ順)
(3)それ以外の国・案件
アフリカ向けの援助予算増額が期待できずむしろ減額が予想される現在、上記の新成長支援を数カ国で立ち上げることは、それ以外の国・案件の援助減額・中止を意味せざるを得ない。これは予算制約下でメリハリをつけるために当然のことである。パートナーシップの中で、我が国がすべてのアフリカの問題に関与しなければならないわけではない。各国について、我が国の援助をセクターごとに以下の3つに分類し、それと整合的に援助体制を再構成する必要がある。
@リードドナーとして成長支援を行なうために強化するセクター
A援助協調への貢献・インプットを通じて実施するセクター
B関与を停止するセクター
なお予防開発・平和構築支援、災害復興支援などの緊急性・突発性の高い援助についてはこの別枠とする。
(以上)
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