特別報告
Peter
Harrold世銀スリ・ランカ局長による
セクター・ワイド・アプローチに関するセミナー
2003年2月4日、JICA国際協力総合研究所にて同研究所セミナーとして、「プログラム・アプローチの理論と実践」が開催され、SWApの理論的支柱ともいうべき存在である世銀スリ・ランカ局長(前ガーナ事務所長)ピーター・ハロルド氏当人より、セクター・ワイド・アプローチ(以下、SWAp)の現状と課題が紹介されました。対アフリカ支援に関する日本の第一人者である神戸大学の高橋基樹教授がコメンテーター、SWApの進む英語圏アフリカでの経験が豊富なJICAの笹岡氏がモデレーターを務め、100人を超える参加者が集まりました。当フォーラムからは、PRSP体制の下でその実施手段と目されるSWApの重要性に鑑み、大野(泉)と二井矢が聴衆として参加、当日のセミナー概要、意見交換、当方の感想を以下にまとめてご報告します。
*同氏がチームリーダーとして発表した以下の論文はSWAPを世に打ち出したもので、開発関係者(特にアフリカ)に大きなインパクトを与え、今でも頻繁に引用される。
Peter Harrold [1995]、 “The Broad
Sector Approach to Investment Lending -Sector Investment Program-” World Bank
Discussion Papers 302.
ハロルド局長の発言要旨
SWAp導入の背景と要素、導入の傾向
背景
プロジェクト援助への反省・・・ドナー主導型のプロジェクトの乱立による現地政府のオーナーシップの欠如と行政能力の拡散、持続性の危機と成功案件の波及効果のなさ、構造調整のセクター政策への無関心など。
要素
・パートナーシップ
・包括的なセクター政策の枠組み
・支出枠組み
・マネージメント・システムとキャパシティ・ビルディング(レポーティング、パフォーマンスの共同レビュー、調達と財務レポート、コモン・ファンド等の導入と現地の政府システムの活用(プロジェクト・マネージメント・ユニットと外部からの技術援助の廃止))
SWAp適用条件
・政治、マクロ経済の安定
・現地政府とドナーを含む諸パートナーの合意
・SWAp開始のための最低限の能力及びSWAp進行に伴った能力向上
SWApの現状、SPA(Strategic
Partnership for Africa)による2000-2004年のセクター・プログラム・トラッキングより
・24のSWApが12カ国で展開中、支援ドナー数は16。保健・教育セクターが主流。
・16ドナーの2000-2004年の支出方法は、プロジェクトが5-6割を占めるが、SWApの下でのコモンバスケット、財政支援が増加傾向。ドナーの傾向としては、セクタープログラム派の英国、プロジェクト派の日本、ドイツ、フランス、フィンランドに分かれる。
SWApの事例:ガーナの保健SWAp
概要
97年に本格立上げ。戦略的目標を設定し、その達成のために機構改革も含む包括的な97-2002年のアクションプランあり。同アクションプラン実施のために6ドナー(世銀、DfID、Danida等)が資金をプールしている。
成果
・政策面では、参加型プロセスの普及、政府のアカウンタビリティの強化。
・プロジェクト・マネージメントの面では、政府の制度能力の向上。
・財務面では、イヤーマークされない援助資金がコモン・プールされ、それが地方の認定口座に直接送金されるシステムができた。
・上記の成果はセクターの内容面でも改善をもたらしている(例:麻疹の予防接種率59%(97年)から80%(2000年)に)。
SWAp導入初期の評価:
強み:包括的な計画の策定とそれと実施の結びつきの強化、対話の枠組みの定着、調和化による援助受入政府側負担の緩和、セクター支援額の増額(英国、オランダなど、但しパフォーマンスの悪い他国、他セクターでは減額)。
弱点:SWAp実施に必要な制度能力評価の欠如、リーダーの交替等によるリスク分析の必要。モニタリング・評価の軽視。
SWApとPRSP:
PRSPとSWApは成功の諸条件を共有し、SWApはPRSP実施のツール。
今後の課題:
コモン・ファンド・アプローチかコーディネートされたセクター政策の下でのプロジェクト・アプローチか。
コモン・ファンドへの不参加ドナーの扱い。
手続きの調和化。
セクター向けか、一般財政支援か。
ドナーはSWAp導入をプッシュすべきか、それとも援助受入側政府のイニシアティヴを待つべきか。
→ハロルド氏の見解は、SWApを通じたドナー・コーディネーションのあり方については理想を追求するよりも、状況に応じた柔軟性が大切。一般財政支援への移行については、セクター計画から離れ過ぎた援助には賛同できないとの立場。またドナー主導のSWApは失敗する可能性が高いため、援助受入側の気がすすまぬ間は、セクターの分析的な作業や政策面でのコーディネーションを行い、平行してその枠組みの中でプロジェクト支援を継続すべし。
SWAp適用の範囲:アフリカの援助の氾濫という状況に基づけばSWApは意義あるもの。但しそういった状況を共有しない国、地域への適用は妥当か、また経常支出の大きいセクターでは有効であるが、インフラ整備などが主流のセクター(例えば道路)への適用は妥当かどうか、等の指摘あり。
→(ハロルド局長)SWApが想定される国は援助依存が高く(開発予算の50-70%)、沢山のドナー(8-10)が存在するような場合。例えば、中国やインドへの導入は考えられたこともないだろうが、アフリカ地域に限定されるかというとそうでもない。アジアでも例えばカンボジア、バングラデシュなどでは導入を想定しうるだろう。また、セクター毎にSWAp向き不向きにかかる原則を導き出すことは一見可能なようにみえるが、明確なロジックは存在しない。SWApの要素は、セクター戦略とそれに基づいた支出計画を作成することである。セクター戦略策定の作業は、例えば道路セクターでは、プロジェクトのアプレイザルの作業とほぼ同じ内容である。
SWApの援助協調ツールとしての適用範囲:SWApを進める中でコモン・ファンドに不参加のドナーが二級市民として扱われる傾向は広範な参加を前提とするSWApの原則から反する。また技術援助についても多様性の尊重が必要であり、技術援助のコモン・ファンド化は不適切との指摘あり。
→(ハロルド局長)コモン・ファンドへの不参加ドナーの排除について、ガーナの保健セクターではまさにそのような傾向にあるが、自分としてはそれは全く不適切だと考えている。SPAで本件について検討中である。技術援助については、JICA作成ペーパー(Rethinking Poverty Reduction: PRSP and JICA [April 2001])で指摘のとおり、「日本の技術援助は、それがよくコーディネートされたものであるならば、SWAp実施に際して前提となる途上国政府の能力向上に貢献するものである。」
SWApに内在する問題点:SWAp実施のコストはプロジェクトのそれよりも高いのでは?また成功するには現地政府の高い能力と必要とするが、その能力が欠けているからこそSWApが必要、という緊張関係がある。またSWApは実施よりも政策策定に強調が置かれすぎているのではないか。
→(ハロルド局長)実施のコストは導入の前半ステージでは大変に高い。しかし、うまくいけば、その後半ステージで劇的に低くなる。現地政府の能力との関係は、指摘のとおり。よってSWAp導入に際しては、現地政府においてリーダーシップを持った人物が、SWApを導入しよう、と決意してそのプロセスを開始することが肝要である。また政策策定への過度の強調は必ずしもあたっていない。むしろこれまでの援助の95%が開発政策と関係のないところで実施されてきたことが問題である。政策であれば、当該省庁が数週間で仕上げることができるが、それを実際の活動に落とし込んでいく作業こそ最も困難であり、そこにSWApの役目があると考えている。
当方所感
SWApの理論的支柱とも言われるハロルド氏であるが、その実際の適用については非常に現実的な見解を持っている印象を受けた。日本の援助への示唆としては、暫定的ながら以下の点が考えられる。
SWApの内容について、コモン・ファンド不参加ドナーの排除など、狭隘なアプローチとなることを避けること、その適用範囲について、援助依存度、stand-aloneプロジェクトの乱立の度合い、適用セクター、現地政府の能力とSWAp導入の意思などに応じて柔軟にすること、を援助コミュニティーに対して主張する。実際、ベトナムでは、SWApは戦略面の共有化と定義され、その下での様々なモダリティが認められている。日本としてもこのような事例を積極的に広め、SWAp導入の契機となった問題意識を共有しつつ、その具体的な適用については、現実に沿った柔軟なものとすることを目指すべきではないか。
但し、現実に基づいた柔軟な適用(例えばモダリティ(プロジェクト型、財政支援型)の多様性)を主張する上で最低限、個別援助案件の当該セクターにおける政策との整合性及びその実施メカニズムとの整合性について検討し、説明をつけていくことが必要であろう。
タイド(イン・カインド)の援助は、現地政府の実施メカニズムと整合的でないとの批判がある。他方、タイドの技術援助は、ドナー国に属する特定知識の伝達を可能とするメリットがある。政策策定や実施メカニズムの構築におけるキャパシティ・ビルディングにおいて、かかるメリットが有効に機能することを説明していくことが必要であろう。
報告:二井矢 由美子