ワークショップ報告
"Development of Large-Scale Infrastructure for Growth and Poverty Reduction"
於: ハノイ ソフィテル・プラザホテル
2003年9月25日

GRIPS開発フォーラム

1. ワークショップ概要

2003年9月25日、ハノイにて、ベトナム政府(計画投資省)、世界銀行、日本政府の共催により、ワークショップ”Development of Large-Scale Infrastructure for Growth and Poverty Reduction”が開催された。本ワークショップは、現在ベトナム政府が進めているCPRGS拡充作業の一環(大規模インフラの役割について記述する章の追加)1(脚注参照)として、ドナー側実施の関連調査、及びベトナム側で起草中の新しい章(第1稿)を発表・議論し、今後のドラフト作成プロセスに資することを目的とするものであった。

ワークショップは、(1)大規模インフラがどのように経済成長・貧困削減に資するか、という概念的枠組みに関する調査、(2)個別案件のインパクト調査(ともにドナー側発表)、及び(3)CPRGS追加章ドラフト発表(ベトナム側)の3部構成で実施された(ワークショップ・アジェンダ参照)。総合司会はベトナム計画投資省Cao Viet Sinh局長(CPRGS担当)、在越日本大使館の北野充公使、世銀ベトナム事務所Martin Rama氏(Lead Economist)が務め、ベトナム政府、省政府関係者、ドナー、研究者などの参加を得て、活発な意見交換が行われた。

2. GRIPS開発フォーラムからのプレゼンテーション概要

GRIPS開発フォーラムから大野泉が第1部において、"Linking Economic Growth and Poverty Reduction―Large-Scale Infrastructure in the Context of Vietnam's CPRGS"を発表した。同調査はGRIPS開発フォーラムが、在ベトナム日本援助関係者からの依頼を受けて本年4月より取り組んできた調査で、本セミナーでのコメント等を踏まえ、11月中に最終調査ペーパーを完成予定である。論旨は以下のとおりである(詳細はプレゼンテーション資料参照)。

  • Pro-Poor Growth and Analytical Framework for Assessing the Role of Large-Scale Infrastructure: これまでの“pro-poor growthの議論が、結果的に貧困層が広く成長の果実を享受した状態を示すのに対して、成長が貧困削減に通じる具体的な経路に着目し、pro-poor growth をdirect channel, market channel, policy channelの3つの経路に分類した上で、それぞれの経路における大規模インフラの役割を検討するという分析枠組みを提示した。これによって、pro-poor infrastructureをdirect channelのみで捉えがちであった今までの潮流に対し、インフラの貧困削減における役割をより広い文脈で捉える重要性を指摘した2(脚注参照)

  • Specific Features of Vietnam: このような分析枠組みは、特にmarket channel(成長ポテンシャルがあり、かつ貧富の格差が低い), policy channel(財政が再配分の役割を担ってきた)が比較的、効きやすいと考えられるベトナムにおいては有効である。

  • Case Analysis: 前述の枠組みに従い3つの大規模インフラ整備を個別案件ではなく、ネットワークとしての視点から取り上げ、いずれのケースも、(policy channelとしての大規模インフラが) market channel、さらにはdirect channelをより有効に機能させることへの寄与を通じて、経済成長あるいは貧困削減に貢献したことを明らかにした。また、補足的視点を提供するために、ゲアン省で実施中のJICAのリプロダクティヴ・ヘルス事業を取り上げ、地域に展開するプライマリー・ヘルス事業における道路ネットワークの役割を論じた。

  • Implications for Future Strategic Planning and Aid Partnership in Vietnam: 今後、大規模インフラの効果発現を確実なものとするための提言がなされた。

3. 他プレゼンテーション、及びワークショップにおける議論の概要

他発表者の論旨及び主要質疑応答の詳細は、議事録(英文)を参照願いたい。ここでは上述の大野の発表に沿って、主要論点をまとめる。

Pro-Poor Growth and Analytical Framework for Assessing the Role of Large-Scale Infrastructure:

  • 世銀の調査チームは大規模インフラを含む公共支出を分類し(セクター、省等)、省レベルでのGDP成長率、貧困削減率への寄与を計測する調査に着手している。同調査では効果発現の経路をブラックボックスとして扱っており、前述の3つの経路別に効果を検討する方法はとっていない。同調査はデータ収集の段階(非常に難しい状況とのこと)にあるが、結果の政策的含意は明らかでない。

  • 全体を通して大規模インフラのインパクトを考える際に3つの経路を設定すること自体については特に異論はなかったが、(これら3経路が機能することに関し)ベトナム以外の国での有効性について疑問が呈された。

Specific Features of Vietnam:

  • 最も多かったコメント(特にベトナム側出席者)が、(1)高成長と貧困削減を達成してきたベトナムが今後も同様の傾向を継続することができるのか?、(2)成長と貧困削減の成果から過去、見放されてきた地域をどうするか?、という2点であった。これらの指摘に対しては、最近発表された2002年のVHLSS(Vietnam Households and Living Standard Survey)等の結果も踏まえ、開発フォーラムとしても真剣に検討していく必要がある。

Case Analysis:

  • 当方調査の中で事例として取り上げている北部交通網整備(国道5号線及びハイフォン港)及び南部交通網整備(国道1号線及びミトゥアン橋)について、個別事業のインパクト調査という観点から、(1)JBICによる「北部交通インフラ事業・インパクト調査」が委託先のIDCJから、(2)ミトゥアン橋についてはAusAIDより「インパクト・モニタリング調査」について発表があった。また、(3)DFIDからは、山岳地域と平地におけるコミュニティ調査の暫定結果に基づき、異なる社会経済グループが基幹道路とのconnectivityの相違により、地方インフラ(特にフィーダー道路)の有用性をいかに評価しているかについて報告があった。

  • 特に(1)の調査においては、インフラの後背地でFDI誘致、農村経済の活性化が起こり、着実な経済成長、貧困削減をもたらしたことが明らかにされ、そこでの補完的政策の重要性(例:FDI誘致における職業訓練)が指摘された。(2)の調査は、地元調査機関のキャパシティ・ビルディングも兼ねてホーチミン経済大学のチームを中心に作成され、工事完成後、3度にわたる調査を重ね、交通量、工業団地への投資誘致、住民の社会サービスへのアクセス、橋の建設により生計手段を失った住民及び自然環境へのインパクトを「モニタリング」するものである。インパクトの確実な発現を担保すべくそれを「モニタリング」し、かつ発現のみられない場合には効果発現を促進する追加措置を考案する、という極めて実務的な視点に立ったアプローチがとられており、今後、大規模インフラ案件を進めていく上で非常に参考になると思われる。

  • 開発フォーラムとしては、ケーススタディの分析面において、地元の知識に裏打ちされた活発な議論を期待していたが、ベトナム側参加者からは、経済成長から貧困削減へのトリクル・ダウンが過剰に強調されている(概念設定に対してなのか、ケース分析についてなのかは不明)、及びインパクト発現プロセスにおいてインフラへのattributionが必ずしも明確ではない、との指摘があった。

Implications for Future Strategic Planning and Aid Partnership in Vietnam:

  • この点は大規模インフラが多額の投資であり、また社会・環境への影響も大きいことから(特に住民移転はベトナムが抱える大きな問題)、多くのイシューがベトナム側とドナー側から提示された。以下、政策体系のサイクルに分類して諸論点を紹介する。

計画策定、予算配分:

  • インフラは経済成長・貧困削減の必要条件だが十分条件ではないので、経済成長や貧困削減に確実につながるよう、補完的政策とセットとすることが必要。それらは総合的な地域開発マスタープランの下で議論されるべき。また、マスタープラン(地域開発orセクター戦略)においては都市と農村、大規模と小規模インフラとのリンケージをどう深めていくか、という視点も重要。

  • 整備すべきインフラの優先順位付けのためのクライテリアを設定すべき。その際、地域経済におけるボトルネックの特定も重要。

  • インフラ整備において建設費用と維持管理費とがセットで手当てされるべき。

  • インフラ建設の資金手当ては、国庫、ODA、民間資金とあらゆるソースを活用すべき。なお、民間資金活用(BOT)のためには、それを可能とする制度環境づくりも大きな課題。

  • セクターのマスタープランにおいては、効果がエンド・ユーザーへ届くようサービス・デリバリーの効率性(例:効率的な運輸サービス)にも配慮することが必要。

事前評価:

  • インフラのdirect、indirectな効果について十分な分析を行い、機会費用についても検討すべし。それに基づき、的確な指標(量的のみならず質的なものも含め)と目標値を設定することが重要。

  • 住民移転、環境配慮などにしっかり取り組むべき(これは実施段階、事後評価においても同様)。

  • あらゆる資金ソースの検討と適切な資金源の特定。

実施段階:

  • 実施モニタリングシステムの確立。

  • 実施遅延によるコスト増を十分認識したうえで取組み。

維持管理段階:

  • 維持管理のための組織能力の強化と予算確保。

4. CPRGS拡充作業の今後について

ベトナム政府は今回ワークショップにおける議論を踏まえて第1稿を改訂し、10月中にドラフト検討のための追加ワークショップ実施、10月末〜11月初に最終ドラフト作成、11月半ば頃まで首相府の承認を得て、本年12月2〜3日予定のCG会合(於ハノイ)で大規模インフラの役割を追記した章を報告する方針である。

ベトナム側にとっては、今後、CPRGS拡充作業に前述コメントをどう反映するかが課題である。コメントの中には大規模インフラ関連にとどまらないイシューもあり、CPRGSの他章とのバランス(分量も含め、現在のドラフトは33ページと長大)にも配慮しつつ作業が進むことになろう。また、ドナー側においても、今次追加される章に優先的に盛り込むべき事項につきコンセンサスを形成していく必要がある。CPRGSは“living documentという扱いなので、前述のコメントを短期的、中長期的課題に整理し、特に前者については、CPRGSサイクルの中でベトナム側が消化しながら具体化させていくのが現実的アプローチではないだろうか。

5. GRIPS開発フォーラム所感

これまで、「成長は貧困削減に資する」という総論では賛成なるも、政策的には“pro-poorとpro-growthが別のものとして理解される傾向にあった。今回のプロセスを通じて、 (1)大規模インフラ整備が両者に資するツールであること、(2) 成長と貧困とをリンクする効果発現の具体的経路(特にindirectな経路での貧困削減への寄与)について、参加者の間でコンセンサスが形成できた点は評価されよう。

と同時に、問題関心は(そのコメントの比重からも明らかなとおり)「では効果発現のために必要な施策はどういったものか?」へと移ってきている。論点の多くは、CPRGSを担当する計画投資省にとどまらず、各実施機関、地方政府、民間セクター(特に運輸)にも深く関わるもので、今後どのようなプロセスを経て具体的施策を確立していくのか注視する必要がある。開発フォーラムとしても、同プロセスにおいてベトナム側が必要としている知的インプットの内容を把握した上で、次なる調査研究につなげていきたい。

また、ドナー側も大規模インフラ整備に必要な多額資金を提供する責任を肝に銘じ、今回ワークショップで出された議論をドナーのプロジェクト・サイクルにどう具体的に落としこんでいくか、あるいは、ベトナム側にこれら施策の実施を求めるうえで如何なるインセンティヴを作ればよいか、といった点も深く検討し、実行していくべきであろう。世銀が検討中のPRSC(III)を契機として、今後、政策・制度的イシューの議論が活発化していくと思われるが、これは、特に短期的課題の具体化を支援していく1つの機会にもなろう。

<脚注>
1: 詳細については国際開発ジャーナルにおける以下の2つの寄稿を参照: (1) 北野充・石井菜穂子「日本の「声」をPRSPへ:ベトナムでの新しい試み」『国際開発ジャーナル』2003年3月号、(2)北野充「対ベトナム経済協力の新時代」『国際開発ジャーナル』2003年6月号。
2: 但し、market channel, policy channelも含めた形でインフラの経済成長及び貧困削減効果を定量的に計測する方法の提案には至っていない。

[以上]

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