報告
「貧困の終焉」(開発と科学技術)
小山内 優
大学評価・学位授与機構教授
日本学術振興会ロンドン研究連絡センター長
2005.11.11
毎年、貿易産業省(DTI)及び英国科学振興協会(BA、但しBritish Association for the advancement of
Scienceの略で、ブリティッシュ・アカデミーとは別の団体。) によって開催されるZuckerman
Lecture(政府の科学顧問であった故Lord Zuckermanにちなむ講演会)の第12回が、11月10日にロンドンの英国機械学会で開催された。
Frances Cairncross・BA会長あいさつ、貿易産業省・科学担当相(政務官級)のLord
Sainsburyによる講師紹介の後、ジェフリー・D・サックス教授(コロンビア大学教授)による「The End of
Poverty」と題する講演が行われた。質疑応答の後、政府科学政策顧問の Sir David
Kingが総括した。聴衆は150名程度で、日本人は在英大使館松浦書記官、学振ロンドンセンター小山内及び同・都外川が参加した。
ジェフリー・サックス教授は、1980年ハーバード大学博士号取得後、同大学経済学部助教授、1984年には29歳の若さで教授となり、計20年間ハーバード大に所属、同大学国際開発センター所長を務めた。国際開発経済に関する多くの著作があるほか、途上国政府や世銀ほか各国際機関のアドバイザーを務めており、タイム誌において「最も影響力のある100人の指導者」の一人に選ばれたこともある。国連ミレニアム・プロジェクトにおいては、同教授がアナン事務総長及びマロック・ブラウンUNDP総裁(当時)の依頼を受け、プロジェクトの長を務めた。
講演の要旨
-
全てのグローバル・イシューに関して、科学及び科学教育は決定的な重要性を持っている。
-
アフリカにおける極度の貧困(Extreme
Poverty)の問題が全世界にとってなぜ重要かといえば、人々の生死の問題は、平和の基本に関わるからである。何百万人もの人が餓死するというのは、馬鹿げている(absurd)と言って良い、異常事態である。
-
極度の貧困は、科学に立脚した方法で解決できるはずだと誰もが思っていても、結果を見る限り、これまでの手法は誤っていた。
-
2002年に訪問したマラウィでは緑の革命(Green
Revolution)に失敗し、この年は干ばつで2か月分の収穫しかなく、飢饉に見舞われた。村々では緊急援助の麦を挽いて配給しているが、日曜日はミルを動かさないので何も食べない。多くの村には車1台、牛1頭なく、輸送手段が無いため経済的に孤立している。電気や通信手段は勿論ない。
-
また、空腹のため、感染症に冒されやすい。極度の貧困のため、HIVなどと違って治療が容易で薬も安価なはずの(1錠5円程度の薬で治る感染症は多い。)マラリアなどの感染症によって死亡する率が高い。病院に水道水が流れて来ない上、ベッド数が慢性的に不足し、一つのベッドに2人の患者を(頭と足を反対に向けて)寝かせているなど、院内感染の危険性が高い。
-
途上国の1人当たりGDPを地域別に見ると、1982年当時は中南米だけが比較的高い一方で、東(東南)アジア太平洋、南アジア、アフリカともに約1000ドルくらいだったものが、最近では東(東南)アジア太平洋地域は5000ドル近くまで増えて中南米に迫り、南アジア地域も3000ドル近くに増えた一方で、アフリカはこの20年来ほぼ不変である。
-
なお、サブサハラ・アフリカの人口は(1950年代には約2億人であったが)現在7億人で、40年後には15億人を超えると予想されている。
-
アフリカはその他の一人当たり経済指標も横ばいの状態が続いているが、困ったことに、アジアの一人当たり食糧生産がこの40年で1.5倍に伸びたのに対し、アフリカでは同じ期間に2割近く落ちている。
-
インドなど南アジアでは、改良されたジャポニカ米や肥料を全国的に普及させるなどにより、緑の革命(Green
Revolution)が成功して農業生産が伸びたが、アフリカでは緑の革命にほとんど失敗した。
-
耕地のかんがい率は世界平均で10%を超える(中国は40%)ところ、アフリカは0.5%に過ぎず、雨水に頼る伝統的農法は気候変動の影響を受けやすく、サブサハラ・アフリカの多くは干ばつの危険性が高くなっている。
-
1ha当たりの肥料使用量は世界平均では1.6kgだがアフリカは95gで、鉄道があまりなく、輸送手段が未発達のアフリカでは輸送コストが高くついてしまい、人工肥料が普及できない。
-
まずは農業生産力を上げることが重要である。
-
次に必要な物を作るマニュファクチュアのための基本的な技術(ローテク)を教育・普及することである。
-
一人一日1ドル未満で暮らす人の多いアフリカで、政府が見込める歳入は多くない。全てを一気に改革する財源は期待できない。その中で(国によって処方箋は異なるが)例えば国民一人当たり毎年3〜40ドルを教育に、9ドルを医療衛生に等々、といったレベルの金額を、それぞれ適切な形で使えばそれなりの改善はでき、極度の貧困による弊害からは脱却できるはずである。
-
ドナーに目を向けると、一昨年の世界の援助総額270億ドル(途上国国民一人当たり$38.6)は大きく緊急援助(11%)、債務削減(27%)、技術協力(16%)、セクター別+予算支援(47%)に分けられる。
-
米国(USAID)の総額45億ドル(同じく$6.4)にのぼる援助の多くは緊急援助(33%)、債務削減(31%)及び技術協力(30%)で占められており、最も必要なセクター別+予算支援が6%しかなく、問題である。
-
英国は総額18億ドル(同じく$2.6)だが、開発効果の少ない緊急援助(10%)と債務削減(6%)を抑え、技術協力(35%)及びセクター別+予算支援(49%)に集中的に投下している。
-
開発援助政策における最大のミスは、80年代のレーガン、サッチャー以降、途上国にまで市場改革を要請したことである。東欧はもともとインフラも教育制度も医療衛生もしっかりしていたのでそれなりに機能したが、アフリカでいかに市場を改革し、政府部門を民間に開放しても、腐敗を助長するだけで、国際資本はアフリカには投資してくれない。
-
緑の革命の成功した国では、農業関係者のほとんどが公的セクターであったし、教育も医療も同様である。米国の政策に耳を傾けすぎてはいけない。
以上
(付)当日、科学教育に関する英国科学振興協会の資料のほか、英国国際開発省がスウェーデン、カナダ、米(ロックフェラー財団)とともにメイン・スポンサーになってい
るScience and Development Network (科学技術と開発途上国についての問題を解説するネット、
http://www.scidev.net )の資料が多数提供されていた。
[Home][Top] |