会場から頂いたご質問・ご意見

「PRSPと日本の貢献」セッション(座長・柳原透拓殖大学教授、12月1日午前の部)での我々の報告(「PRSPの多様化」)に対し、参加された皆様から示唆に富む御質問や御意見を多数頂きました。学会当日は時間的制約もあり、必ずしも十分にお答えすることができなかったところ、現時点での考えを以下に取りまとめました。不十分な点も多々あるかと思いますが、今後の研究で引続き深めていきたいと考えています。

なお、以下はあくまでも我々(大野泉、二井矢由美子)の考えるところであり、本セッションにおける発表者の統一見解でない点を、併せて申し添えます。

1.東アジアの経験とアフリカ

2.PRSPの策定と実施体制

3.社会セクター支出および貧困層ターゲットについて

4.日本の関与

1.東アジアの経験とアフリカ

質問・意見

 東アジアの経済発展はPRSPがなくて達成されたが、その開発戦略の中にはPRSPが目指している戦略が含まれていたのか?もしなかったとすれば、何故、PRSPがなくても東アジアは発展することができたのか?

 東アジアの発展が達成された1960〜80年代には、インフラ整備・農業・工業等の成長促進部門を重点的に支援し、民間投資を招来した。その結果として、国内資源を社会開発に振り向けることができたように思われる。アフリカではインフラ等成長部門への援助資金が急減し、社会開発部門に集中している。これで成長と貧困削減を両立できるのだろうか?「パイ」を大きくせずに貧困を削減できるだろうか?70年代に所得分配論がすでに議論されていたが・・・。

 最貧国及びPRSP策定作業国のほとんどがアフリカというコンテクストの中で、アジアのPRSPがアフリカ諸国のPRSPに一体どのように具体的に役立ちうるのか?アジアとアフリカは明確に区別して議論されるべきである。アジアのような成長をアフリカで期待したり、「broad-based growth」ということを簡単にアフリカに適用すべきではない。

我々の考え

 東アジアの経済発展は、国際機関のコンディショナリティ遵守(石川先生の言う"ex-ante,""ex-post"にかかわらず)といった受動的方法で達成されたのではない。我々は、東アジア各国は、同地域のダイナミックな生産分業への参画という強いキャッチアップ志向に駆られて自立的に、貿易・投資を通じた経済発展をめざしたと考えている。また、その過程で、援助は貿易・投資環境の整備に貢献した。

 また、PRSPは世銀・IMFによって生み出された開発アプローチの一つの型であり、それが唯一の開発戦略である必要はないとも考える。ある意味で、発展を遂げた東アジア諸国が採用した開発アプローチは―パートナーシップ(参加型)を除けば―PRSPが重視する「エレメント」の殆ど(主体性、包括・長期的ビジョン、成果主義)を既に含んでいたのではないだろうか(*広範な国民参加プロセスが不十分な場合もあったが、「パイ」を大きくする必要性は大多数のステークホルダーが認識)。他方、開発戦略の中身については、@高度成長を貧困削減を達成する前提として位置づけたり、A世銀・IMFの構造調整政策に典型的な「枠組整備」よりも「産業的関心」を重視する(例えば、どのように「パイ」を大きくするか、政府の役割は何か?といった議論)など、東アジアとPRSPとでは根底に流れる開発アプローチに重要な違いがある。

 東アジアの経験をアフリカに適用することへの慎重論については、認識を共有する。(報告でも述べたとおり)ベトナムが成長志向型のPRSPを作成できた背景として、一定水準の社会公正が達成されていた点は否めない。PRSPで開発戦略の中身を考える際には、その国の貧困の状況、発展の制約要因・可能性等を勘案した上で各国事情にあった内容とすべく検討・議論が肝要であろう(*かかる議論をPRSPの枠内で行うのが適しているどうかという問題提起もありうる)。ベトナムはそういった議論の際の一つの参照例である。他方、(昨今、顕在化しているように)アフリカを前提とした開発アプローチをそのまま東アジアに適用する動きにも慎重になるべきである。

2.PRSPの策定と実施体制

(1) セクター間のコーディネーション/地方分権との関わり

質問・意見

 PRSPの実施プロセスで既存の開発体制の特性(例えば、中央集権体制)が強化される可能性もあると思うが、かかる懸念は認識しているのか?

 PRSP策定プロセスで、当該(中央)政府が戦略・政策面においてドナー側と同化し、地方の政治慣行と乖離していることを問題視する報告もある(例:ウガンダ、ボリビア)。ベトナムではどうだったのか?

 PRSPの実施プロセスで、開発政策の各部門間のコーディネーションが高められることが期待されると思う。そのようなメリットを生かす方向で政策立案等をしていくのが次世代PRSPの課題ではないか。

我々の考え

 理想的には、既存の制度・体制をもとにしつつも、PRSPの持つ長所を導入して現行を改善していくことが重要と考える(*PRSP導入に伴う外圧を使って、既存体制の短所を改善していく、といった視点)。

 中央−地方の関係については、今後の研究課題としたい。一部、実効性のある形で進められている事例もある。例えば、タンザニアの初等教育セクターでは、開発・経常予算を地方の学校の口座に直接送金し、学校が自主的に運用し、それを地方住民が監視するというメカニズムが導入されている(しかし、この事例も見方によっては、地方政府の弱体化につながっていると言えるのかもしれない)。なお、参考までに、ベトナムの場合は既存の開発計画(10ヵ年戦略、5ヵ年計画)がPRSPに比べ圧倒的に正統性をもつので、中央政府内部におけるPRSPの認知度は限定的である点を補足しておきたい。(推測ではあるが、)ベトナム政府はPRSPをドナー向け文書として使い分けている可能性がある。

 セクター間のコーディネーションについては、理想的には御指摘のとおりと考える。ただし、現行PRSPでは調整を強化するメカニズムがなく、むしろSWApsがセクター間の分断を高めているという見方もある。次世代PRSPにおいてセクター間コーディネーションを強化すること自体が課題と考える。

 

(2) 参加

質問・意見

 報告の中で「参加」という側面が考察されていないのはなぜか?別の報告ではPRSP策定プロセスにおける「参加」に対する懐疑が表明されていたが、それは「本来は政策過程への広範な参加が望ましい」という前提の下での懐疑なのか、それとも「そもそも参加は必要ない」という考えがあるのか?

我々の考え

 「政策過程への広範な参加」が真に実効性ある形で実現できれば意義あるものであろう。参加の有無を問う前に、実効性ある形での参加ができる環境にあるかどうか、どのようにすればそのような環境を作り出すことができるのかを検討・議論すべきと考える。例えば、タンザニアのPRSPはHIPCs適用の条件とされたこともあり、7ヶ月という短期間で策定され、そのプロセスにおいては、既存の開発計画との関係(*参加型で策定されたもの)さえも十分に議論されていない。

 

(3) 予算策定プロセス

質問・意見

 開発と経常予算の統合、援助のオンバジェット化が進んでいない理由は何か?具体的な取組み状況は?

 ベトナムでは、保健セクターの財源のうちprivate source(患者の直接支払い)は依然として約80%と高い。サービス提供の公平性と経常予算の配分についてどう考えるか?

我々の考え

 オンバジェット化、経常・開発予算の統合は、まずは援助を「オンバジェット」する段階からそれに必要な経常予算を手当てしていく「統合」の段階へと進むが、タンザニアでのオンバジェット化は現行援助の約50%相当と言われている。経常・開発予算の統合には、オンバジェット化した援助資金による事業に必要な経常予算が手当てされる、という前提が必要だが、必要額と手当てできる額のギャップが大きい。MTEFでは経常・開発予算の統合が提唱されているものの、その対象は、経常予算については、債務支払いや人件費等を除いた「その他の物品費」に限られている。 SWApsで策定されるセクター政策・開発計画に基づいて新規事業が行われるようになれば、少なくとも新規事業については、開発・経常予算が統合した形になることが期待されている(例えば初等教育セクターでは、地方の学校へ開発・経常予算をセットで送金する仕組みが採用されている)。他方、イギリスやオランダはこの問題の解決のためには一般財政支援しかないとの立場である。タンザニア政府が主張する援助依存からの脱却とも併せて、どのような方法が最も開発目的達成に適しているのか、今後検討していきたい。

 ベトナムの保健セクター支出については、所得階層別の患者負担額などのサービス公平性を判断する情報をもっておらず、現時点ではお答えできない。機会を改めて検討したい。ただし、ベトナムの教育セクター支出には所得再分配機能があり、初等教育予算の26%が最貧層20%に対し支出されていることが世銀の調査でも報告されている。

 

(4) 政策手段

質問・意見

 Missing Linkとは具体的に何を指すのか?議論の前提としてPRSPはすべての分野をカバーすべきとの考えがあるのか?タンザニアの場合、国際金融機関との力関係からしてPRSPに自らの選考・プライオリティを反映されることができず、国際金融機関側の考えを押しつけられているのだとすれば、Missing Linkを消し去ることは彼らの逃げ道を圧殺してしまうことにならないか。

我々の考え

 タンザニアの場合は実質的には、PRSPが(政府の)予算措置を伴った唯一の開発計画となっているため、その枠内で内容を充実させていく方が建設的と考える。Missing Linkとは、例えばPRSPでは「貧困層を2010年までに現在の48%から半減させる」という目標があり、そのためにGDP成長率6%、農業成長率5%という数字が並べられているが、それらをどのように達成するか、という具体的手段が明確でないという点である。タンザニアで導入されているMTEFは、予算配分(支出)を重視した会計枠組という性格が強いため、それを補完し、戦略を具体化する手段を盛り込んでいくような制度的工夫が必要と考える。

3.社会セクター支出および貧困層ターゲットについて

(1) ソーシャル・セーフティネットとPRSPの関係

質問・意見

 80年代にIMF世銀が構造調整政策において導入を図った社会的弱者(貧困層)向けのソーシャル・セーフティネット(アドホック的支援)は今次の PRSPでどのように扱われているのか。

 ソーシャル・セーフティネットで付加された事業はどのように評価されてきたのか。(IMF世銀のやっていることは付け刃に見える。本来、サービスは政府の公共サービス体制にビルトインされるべきものと、そうでないもの(=緊急的貧困対策事業)に分けられるべきではないか。)

 従って、ソーシャル・セーフティネットと社会セクター支出との関連は如何か?前述の観点から、社会セクター支出にビルトインされたのか(最もクラウディング・アウト(=ファンジブル)されやすいセクターかと思う)。

我々の考え

 構造調整政策のネガティブな影響を緩和するために始められたソーシャル・セーフティネットは、今次PRSPにおいても、貧困層に対する支援として効果的・効率的と判断されるものは、優先プログラムとして扱われMTEFでの予算配分もなされている。当初、ソーシャル・セーフティネットは社会投資基金のような形で独立した組織が実施する場合が多かったが、現在では、各国のセクター省庁の能力や地方分権化の進展に応じて、既存のシステム(セクター省庁あるいは地方自治体)に組み入れられて実施されるものも増えている。ただし、これは国別に異なる。例えば、ボリビアでは、80年代にソーシャル・セーフティネットとして創設されたFIS(社会投資基金)を前身とするFPS(生産・社会投資基金)が、現在はPRSPのバスケットファンドとして機能しており、FISで確立された貧困層へのターゲッティング・メカニズムも生かされている。

 ソーシャル・セーフティネットの評価については、通常、世銀を含む援助機関は、融資対象プロジェクトごとに事後評価を行っている。また、PRSP策定の時には通常、貧困アセスメントが実施され、その一環で、各国の貧困削減に必要な施策と現行プログラムの改善点が検討され、セーフティネットの評価もなされるはずと理解している。

 上記の観点から、効果的・効率的と判断されたセーフティネットは、社会セクター支出にビルトインされていると理解している。

 

(2) 社会セクター/経済セクターの分類基準

質問・意見

 PRSP作成過程において「社会セクター」及び「経済セクター」の基準をどう決めているのか?

我々の考え

 報告では単純に、教育、保健、栄養、AIDSなどのセクターを念頭に「社会セクター」と述べたが、そもそも、こういった分類の妥当性を含め検討する必要がある。なお、石川滋教授は、@"broad-based"な支出とA "pro-poor targeting"の支出の2つを適切に組み合わせる必要性を指摘している。前者はまずGDPの拡大に貢献し、その結果として生じる貯蓄の増加が財政・金融その他さまざまな経路を経て最終的に貧困経済につながるものだが、例えば、人材育成は「社会セクター」に分類されるが、"broad-based"な支出と見ることもできよう。また、国により、支出の各項目を@・Aのどちらに位置づけるかが異なる可能性は十分ある。

 

(3) 貧困/極貧層の区別

質問・意見

 貧困層を極貧層とその上位の層に区別して論じる必要があるのではないか。

我々の考え

御指摘のとおり。そもそも、我々は、開発戦略や貧困削減戦略を策定する際に、(広い意味も含め)貧困層に焦点をあてることが果たして適切か、という問題意識をもっている。前述のように、石川教授が唱える "broad-based"な支出を通じてまず成長を促し、別途、所得再配分メカニズムを通じて貧困削減を実施するのであれば、産業連関の視点や、中所得者やビジネス部門も視野に入れた成長戦略を検討することが不可欠である。

4.日本の関与

質問・意見

「貢献」という枠を越えてPRSPに関与することについて、日本を拠点とする政策担当者・研究者が獲得すべき新たな能力があるとすれば、それは何か。

我々の考え

まず、日本が開発の分野(特に開発戦略の中身の面)でどういった貢献をしたいのか、そのビジョンづくりが必要である。そのうえで、国際潮流に対し受身・反発ではなく、能動的に関わっていこうという姿勢を打ち出す(*自ら、潮流をイニシエートしていくという発想にたつ)。研究にせよ、実務にせよ、評論家であることはやめて具体的に行動をおこしていく、そしてそれを対外的に明確に伝えていくことが必要と考える。

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