政策インパクト強化のために

NEU-JICA共同研究とわが国のODA政策との連携

プロジェクトの現状と課題

本プロジェクトは、石川プロジェクトの貿易産業研究部門を母体として2000年夏に発足した。我々は、石川プロジェクトの@長期開発志向、A実物経済関心、B各国の固有性の尊重、C途上国の主体性尊重、D現地調査の重視、E現実的で具体的な政策オプションの提示、といった原則を踏襲しながら、研究内容の深化、先方との関係強化、研究・発表方法のイノベーションといった点で追加的成果をあげてきたように思う。現在の日本側メンバーは非常によいチームを構成しており、ベトナム側とも、コーディネータのChuong氏の尽力により、共同研究の密度が深まりつつある。

2001年後半以降、Web始動、JICA担当者の積極的な対越・ドナー働きかけ、大使館の支援、CPRGS(ベトナム版PRSP)へのインプットとの連携などが順次始まり、上記活動がさらに活性化された。またベトナムは、日本の経済協力政策や国際機関の開発戦略の観点からも注目を浴びている国であって、われわれの貿易産業研究も、ベトナムに役立ちたいことはもちろんだが、より大きな世界的文脈においてもパイロット的価値をもつものへと発展させていきたいと希望している。

だが同時に、本研究の更なる発展にはいくつかの障害や課題が存在する。その要点を一言でいうと、旧来のわが国の援助体制をこえて、われわれが行いたいより広範な知的活動をサポートするための新たな支援体制を構築しなければならないということである。それは、日本政府、援助実施機関、日系企業とその団体、研究者・専門家、NGOなどが一体となった、いわゆるオールジャパン体制でなければならない。またその活動は、越政府や他のドナー・NGOとも連携するものでなければならない。現在の個別・縦割り、プロジェクト案件型の予算や実施体制では、政策研究ニーズに対してミスマッチかつ硬直的であり、研究者・担当者の献身的努力によってしか進行しない。またその意味で、持続可能性がない。第2次ODA改革懇談会最終報告にも、「援助受入国の制度づくりや政策づくりにより積極的に参画できるよう、実施機関における政策要員の増員を図る」と謳われている。この精神にのっとり、ベトナムでそのような体制を他国に先駆けて構築することは、日本の経済協力政策にとっても大きな意味があると信じる。

石川プロジェクトおよび2001年前半までの本プロジェクトは、予算・人員・時間の大部分を調査研究に割き、シンポジウム・報告書作成は行うものの、その成果をより積極的・システマティックにベトナム政府に働きかける努力が欠けていた。成果が必ずしもわかりやすい形で整理されておらず、ベトナム政府の担当者に行き渡っていない。定型のアウトプットをつくるだけでは政策インパクトは保証されないのであって、そのエッセンスを魅力的でわかりやすいメディアに再構成しなおすという作業が軽視されてきた。しかしながら一方で、石川プロジェクト以来7年間のわが国のベトナム研究は、相当程度の知見・提言を蓄積してきたように思う。またこのNEU-JICA共同研究でも、いくつかの対象産業においては問題と対策のコアはすでに把握できており、詳細部分や情勢変化を研究し続ける必要はあるものの、メインなメッセージは確立されつつある。

以上の認識に立ち、われわれはこれからの活動の力点を、@調査研究のさらなる継続、およびA政策インパクトの追求に2分したい。

ベトナムをめぐる経済協力体制の改善

日本がトップドナーであるベトナムにおいてさえ、上のような状況、すなわち政策支援が他のODA案件、民間活動、NGO活動などと十分連携しないで進行し、越政府や他のドナーに対しても知的主導権を発揮できない状態が続いてきた。しかしながら、2001年後半頃より現地では対越経協政策の再検討・改善が志向されるようになり、山崎大使をはじめとする大使館、JICA、JBICの連携強化が開始された。またその後2002年秋の服部大使、北野公使の着任に伴い、対越援助政策の全面的見直しが大使館の強力なリーダーシップのもとで始まっている。NEU-JICA研究プロジェクトおよびGRIPS開発フォーラムも引き続き、この動きに積極的に協力している。このODA政策見直しは、具体的には以下のような互いに関連する作業を通じて進行中である。

これらは互いにオーバーラップし、現状では十分な整理・デマケができているとはいえないが、実体面では急速な政策議論の深まりが起こっており、2003年中には新しい援助政策が明確な形で提示されることが期待される。同時にベトナム世銀においても2002年秋に所長交代があり、前任者よりも成長志向や日本の関心に配慮をみせる新所長が着任した。

わが国の対越経済協力の新しい中身としては、すでに方向性として、現地主導主義、現地・東京の連携強化、現地関係者・貿易投資のネットワーキング、既存枠組にとらわれない積極主義、「要請主義」をこえた政策対話型ODA、政策環境改善の有無と無関係にODAを供与することに対しての疑問などが打ち出されつつある。

このような政策議論の活性化を持続させるには、担当官の人柄や行動力のみに依存しない政策メカニズムを同時に構築することが必要であって、眼前の作業と同時にこのメカニズム構築も並行して行われなければならないであろう。

ベトナム「国別援助計画」改定

第2次ODA改革懇談会(渡辺利夫議長)の最終報告(2002年3月)をうけて、ODAの戦略的側面を議論・提言していくために、ODA総合戦略会議(川口順子外相議長、渡辺利夫議長代理)が2002年6月より開催され、GRIPSの大野健一は委員として参加している。この会議は、2002年11月現在、@ODA基本政策の討議、Aベトナム国別援助計画の改定、Bスリランカ国別援助計画の新規策定、を3つの柱として進んでおり、さらに検討国の追加も考慮されている。このうちAについては、大野健一と在越大使館の北野充公使を中心に、2003年9月をめどに実施されつつある。

既存のベトナム「国別援助計画」をめぐる問題点は以下の通り。

これを改善し、わが国の対越援助戦略を充実させるために、大野は第3回ODA総合戦略会議で以下の提案を行い、原則的に了承された(詳細は同会議の議論要約提出資料日経経済教室を参照)。その要点は以下の通り。

新たなベトナム「国別援助計画」に盛り込まれるべき内容は次の通り(章立ての第1次叩き台はまもなく発表される)。

2002年10月頃より、現地では4J体制で内容構成案の叩き台が作成され、これに関して越政府・他ドナーとの接触が始まりつつある。また日本では、11月にベトナム支援に関心をもつNGO、省庁との第1回意見交換会がそれぞれ開催され、専門家・研究者との会合も近い将来に開催される。まもなく外務省ホームページのODA欄に、本作業広報用のサブページが構築される予定である。

成長支援の柱を作る

現在、われわれのNEU-JICA共同研究は日本によるバイラテラル援助と位置づけられているが、これをむしろ日本主導のもとでのドナーコミュニティー全体による「国際統合に向けてのベトナムの貿易産業関心」へのマルチラテラル支援に編成しなおし、それにわれわれが貢献しているという形をつくりたいと思う。これは、形式的にはCPRGSを否定することなく、しかもpro-poor policiesに偏りがちな世銀枠組を相対化して、ベトナム政府に中身のある産業戦略検討を開始させるという意義をもつ。貧困削減の柱として、公式文書には社会セクターと成長戦略が常に両記されるにもかかわらず、実際の議論や予算配分は前者に集中するという現在のMDG・PRSP体制の欠陥を補正するためにも、成長関心の推進母体を具体化することは大きな意味を持つ。

ただしこの仕組みは各プロジェクトの内容を縛るものではなく、情報と越政府へのアクセスを共有するにとどまる。実質的な研究内容や予算枠組は、それぞれの組織の自主性に委ねてきびしく拘束しない。そのような緩やかな協力体制により期待されるのは、@マルチの常設枠組があれば、成果をベトナム政府にもっていく際にプレゼンスやインパクトを高められる、Aマルチのほうがドナーコミュニティーのなかで正統化されやすい、といった点である。バイの関心をマルチの形式を通じて実施することは、他ドナーの常套手段であり、最近の援助動向に乗ることにもなる。

2002年6月より、このスキームの可能性を打診するために、東京およびハノイの援助関係者、現地の成長支援を行っている一部ドナー、およびベトナム政府と非公式な接触が開始された。日本をリーダーとし、その他にどのドナーをメンバーとして加えるかは検討中。UNDPは強い関心を表明している。もし世銀やADBも参加することになれば、かなり強力な仕組みとなるであろう(その可能性はまだ検討中)。日本側もNEU-JICAプロジェクトに加えて、JBICの融資・研究関心、JETRO等企業関係の政策対話など他の企画も動員できるであろう。

連携の拡大

これまでの研究カウンタパートはMPI(石川プロジェクトの場合)、NEU(本プロジェクトの場合)、および関連省庁であったが、プロジェクトの内容に鑑みて、よりオープンでブロードな連携が築かれていくことが望ましい。日系企業やJETROはこれまで主として聞き取り対象であったが、政策勧告を作成するにあたっては双方向的フィードバックを行うことが望ましい。投資・貿易に関する日越ワーキンググループ、シンクタンクのベトナム調査研究などのような、関連深い活動とも積極的に交流する必要がある。またベトナム中南部での意見交換・発表、現地商工会・大学・研究所との交流も重要である。また日本国内においても、ODAの透明性・説明責任の観点から更なる情報発信が望ましい。

われわれのベトナム産業研究は鉄鋼業について最も進んでいるが、これはJICAからベトナム鉄鋼公社(VSC)に派遣されていた田中伸昌専門家との密接な協力によって実現したものである。彼の任務は鉄鋼マスタープランのフォローアップ、冷延ミルFS支援、VSC首脳への日々のアドバイスなどであったが、関連するわれわれの研究にも大きな貢献をしていただいた。このような連携は非常に生産的であり、技術的知識を有し内部者として日々問題に接していた田中氏からは、学者のミッションでは到底得られない広く深い最新情報が提供された。我々の切望にもかかわらず、田中氏のVSC復帰はいまのところ実現していないが、すでにベトナムには繊維や電子などのJICA専門家が送り込まれている。彼らの本来の仕事に加え、オールジャパンの知的支援の枠組の中でも活躍してもらえれば、われわれとしても非常に助かる。田中氏方式でわれわれの研究にも部分参加してもらえるような体制が構築されることを望む。

これらの連携の必要性は十分認識されているのであって、現在われわれにできる範囲でこれらの連携拡大を模索中である。しかしながら、これ以上の連携発展にはしっかりした事務局のサポートが必要であり、研究者個人の努力では限界がある。

事務局の強化

現在、日本側研究者はさまざまな縛りにより、(1名を除き)ベトナムに長期滞在できる状況になく、せいぜい年に数回調査ミッションを実施する程度である。本来ならば、日本にいても電子メール等を用いてハノイのJICAやNEUと密接に連絡をとり、常時研究を進めることができるはずであるが、これまではJICA・NEUとも忙しく、プロジェクトは主としてミッションが来るときのみ進行するのが実態であった。これでは日本側研究者の意欲を殺ぐのは当然である。これはJICAやNEUの担当者の責任というより、実施体制が拡大するニーズにこたえ切れていないと判断すべきであろう。

これについては、教官を過度に拘束する大学側の問題も大きい。だが、たとえミッションの数を増やさなくとも、現地にクイックレスポンスできる常設事務局があれば、大きな改善効果が期待される。また国別援助計画改定や成長支援マルチ化が同時に進行すれば、通常の業務から切り離された、パートナーシップや成長研究を専門とする現地事務局のニーズはますます高まってくる。

現在、そのような現地体制をめざして、JICA事務所を中心に予算・人員措置が検討されつつある。