「低開発諸国の新貿易・開発政策」に関するUNCTAD専門家会合

(2003年6月11〜12日、ジュネーブ)

UNCTADは、IMF・世銀・WTO等とは一線を画し、途上国開発の観点から国際統合・対外自由化に慎重さを求めるユニークな国際機関である。その「The Least Developed Countries Report 2002」(以下LDC報告)は、(1)国民の大半が貧しいgeneralized povertyの国では貧困層のターゲットではなく全般的経済成長が貧困削減の道、(2)調整ではなく開発に基づいた戦略が必要、(3)停滞の原因として途上国の国内政策のみならず国際環境にも留意すべき、(4)重要なのは国際統合の深さではなくその質、といった主張が注目される。また同様の思考に基づく「Economic Development in Africa 2002」報告も発表している。その異端的立場は、国際機関グループでの孤立を招く反面、自らの存在意義の根拠ともなっている。

今回GRIPSの大野健一は、LDC報告の主執筆者であるCharles Gore氏の誘いで上記専門家会合に参加し報告した(アジアからの出席は大野のみ)。会合は少人数で行なわれ、2004年のLDC報告(2年に一度発行)へのインプットを目的とするものであった。2日間にわたる議論は白熱し有意義だった。また会合とは別に、大野はGore氏と1対1のインフォーマルな意見交換を半日にわたり行った。以下、我が国援助界の関心を念頭に会合の議論を紹介する(クローズド・セッションであったがこの要約公表についてはGore氏の許可を得た)。ただしこれは大野の個人的・選択的報告であり、UNCTADや主催者の見解を表すものではない。

発表者(報告順):Gustav Ranis, Guy Mhone, Jean-Claude Berthelemy, Ignacy Sachs, Mulat Demeke, Marc Wuyts, Kenichi Ohno, Mario Cimoli, Jonathan Kydd

参加者:Elsa Assidon, Ajit Ghose, Massoud Karshenas, Amelia Santos-Paulino, 笠原重久(UNCTAD)、他UNCTAD職員等。Rubens Ricupero(UNCTAD事務総長)が最終セッションに参加した。 

(注)UNの定義する「低開発国least developed countries」は所得・人的資源・経済的脆弱性の3基準から選ばれた49ヶ国である。ただし会合はこの定義にこだわらず、全低所得国を念頭に討論した。UNの定義ではたとえばモンゴル、ベトナム、ボリビアは低開発国に含まれていない。

<目的>

冒頭に主催者のGore氏から、本会合では以下を討議してほしい旨の表明があった。

@低開発国は対外開放(構造調整)と貧困政策(PRSP)に取り組んできたが持続的成長を手に入れることはできていない。今彼らは開発主義的(developmental)な戦略を求めているのではないか、もしそうだとするとどんな代替戦略が提示できるか。

A対外開放と経済開発の関係はどう考えるべきか、前者が後者を引き起こすというのは単純すぎるか、むしろ開発が主で貿易政策は従と考えるべきか。

B低開発国は、無理やり開放させられた自給自足経済(open subsistence economies)と呼べるのではないか。彼らの離陸開始の鍵をどこに求めるべきか。

<セッション1 均衡成長・二重性・構造変化>

報告者からの問題提起は以下の通り。アジアほどではないにせよ、アフリカも資源経済から労働過剰経済に移行しつつあり、農工間資源移動モデルが適用できる。その際にはrural-urban、informal-formalなどいくつかの軸を考えねばならない。彼らの成長の鍵は農工間の国内リンクであり、一次産品輸出にのみ頼る成長は持続性がない。そのためには技能・高等教育や為替減価が望ましい。分析的にはいくつかの分類(typology)が役立つであろう。以上に対して、分類はイシュー・国毎に異なるのでそう簡単ではないこと、為替減価勧告に対する疑問等が出された。

別の報告者より、外から持ち込まれた資本主義においては、囲い込まれた一部の近代部門(enclavity)と貧困大衆のマージナリゼーションの同時進行がみられることが、南部アフリカの諸例をもとに主張された。この事態を打破するためには、インフォーマル経済を正面から分析し、農地改革・労働集約産業・貿易政策などにおいてよりpro-activeな政策が求められるとした。これに対しては、大衆貧困の原因として国内政策のみならず国際要因も存在すること、成長政策と同時に成長の歪みに対処する「補助的政策」が必要、といった意見が寄せられた。また政府・指導者の質が決定的であること、それを保証する方策はあるかが議論された。

<セッション2 Inclusive Development・貿易財/非貿易財・賃金財供給>

報告者より、低開発国の共通項として@自給自足的経済(subsistence-oriented economies)、A非効率に起因する低貯蓄、B輸入ショックに対する脆弱性、が指摘された。重要変数として雇用の成長弾力性・賃金財の供給弾力性が挙げられ、雇用を高めるためにあらゆる政策を動員することの重要性が述べられた。この際、非効率減少・既存資本ストックの維持管理など、投資資源と競合しない政策が強調された。次のエチオピアの報告者は、同国が直面する貧困トラップを具体的事実・数字を挙げて描写した。

以上に対しては、方法論的な問題として、すべての低開発国のための共通政策を探そうとせず、各国事情は異なるので、必要なのはその国にふさわしい質問と解決を見出すためのプログラムであるという指摘があった。また農業・天然資源部門から余剰を動員する政策について議論が行なわれた。

次の報告者は、タンザニアのPRSP・HIPCの状況を報告し、同国ではマクロ的成長が続く中でミクロ的には貧困が減らないという「マクロ・ミクロリンケージ問題」が話題となっていること、その原因として、貿易自由化による賃金財(衣類・中古自動車等の輸入工業製品)の価格低下が労働コストの抑制を可能にしており、それが生産性向上を伴わない競争力維持を可能にしているのではないかとの仮説が提示された。これに対しては、データの質や工業製品価格低下が賃金コストをそれほど引き下げる効果があるのかについて疑問が出された。

<セッション3 生産発展を通じる貧困削減のための政策と制度>

大野は「東アジア開発経験の移植可能性」につき次のような報告を行なった。
--東アジア経験の伝達には「無批判なコピー」「選択的導入」「成長戦略の考え方」の3レベルがあり、重要なのは後2者、とくに第3である。
--東アジアは現実に成長しており、我々は何が有効かを直覚しているがそれをうまく表現できていない。世銀の問題はその逆である。
--東アジアの特徴は、貿易・投資を通じた工業化伝播、各国ばらばらでない地域発展の序列・有機性、貧困トラップ突破の便宜としての権威主義開発体制、とまとめられる。ただしこれらはアフリカには持っていけない。
--我々の政策対話の例としてベトナムを挙げる。ベトナムはアジアダイナミズムに乗りうる国だが、政策環境が悪くFDI誘致の臨界値に達していない。我々は個別産業研究・具体的提案を通じて彼らを説得しようとしている。
--アフリカについては我が国の支援経験がまだ浅く、またODA予算カットにも直面している。現在、@新モダリティ参加のための制度改革、A各国にふさわしい新成長戦略の提示、の2点につき日本政府に働きかけている。

これに対しては、スターリンを引用して「権威主義はすべて破綻した」とする感情的反発があった。また全途上国がベトナムと同じFDI戦略をとれる訳はないという[全くの誤解に基づく]反論があった。誤解を招かないよう明快な説明をしたつもりだが、それでも東アジア型開発に好意をもたない他者を説得することは難しい。

より有意義な質問として、@東アジア経験をより近隣の南アジアに移転できるか、A東アジアの雁行形態に所得収束が見られるか、B北東アジアと東南アジアの発展パターンは違うのではないか、C雁行序列を飛び越えるleap froggingは可能か、D他地域でも権威主義開発体制は見られたが長くは続かなかった、E民主主義を全部捨てずに権威主義開発体制を実施することはできるのか、などがあった。AとBに関連して、タイ・マレーシア等は自由貿易・FDI依存で工業化してきたが、韓国・台湾レベルには到達できず途中でとどまっている事態について議論があった。一部に台韓とASEANに技術習得力の差異があるはずはないとする意見もあったが、報告者はそれは事実に基づかない希望的見解として退けた。他に、ベトナムのCPRGSへの大規模インフラ追加について、あるいは日本自身の農業保護について関心が寄せられた。

ECLACの報告者は、中南米においては自由化・IT化などの「近代化」が進む一方で、生産性・デザインなどの国内能力がむしろ低下していることを述べた。貿易は自由化されたが、競争力は後退しており価値創造は外国に移っている。パソコン台数は伸びたが生産性は低迷している。この事態を打破するにはナレッジとネットワークを創造するための意図的政策介入が必要であるとされた。[より高い発展段階においてではあるが、これは上記のASEANが抱える問題と同様である。ただしECLACは別として、一般に中南米では産業競争力への関心は薄いのではないか。]

最後の報告者は、低開発国農業における様々なコーディネーション問題を解決するために、計画にも自由化にも偏しない、経験主義に基づくバランスのとれた政策介入が必要であると主張した。そのために制度分析の充実、制度を支える貿易・経済政策、農業に関する発展段階的発想が必要とした。これに対して大野は、実に興味深い報告であるが、国家が単独で産業のコーディネータとなれるだろうか、歴史的にみると商人層がコーディネータとなることが多かった(遠隔貿易、幕末開港の横浜商人、東南アジアの華僑、日本の商社など)。国家はこうした「プロ」と組む形で農業振興を行なうべきではないかと述べた。

<最終セッション 貿易・開発政策の統合の将来展望>

UNCTAD事務総長のRubens Ricupero氏が直前の農業報告に関連して、現在は先進国・中進国において農業自由化圧力が強く、もはや低開発国についても開放圧力は避けがたいものとなっていると述べた。これに対しては、大野を含む複数の参加者が、中進国以上の政治経済学としての農業自由化と貧困トラップにある低開発国の農業振興は別であり、後者まで一挙に自由化しようとするのは間違っている。UNCTADは現状を所与としたりあきらめることなく、政策修正のために努力し続けてほしいとの意見が出された。ただし大野は以下の点を追加した:@貿易政策は重要だが根幹はあくまで国内の成長戦略の質であること、A農業保護の理由としての「食糧自給」は悪用されるリスクがつきまとうこと、BWTO農業交渉は2005年1月が締切で時間がないが、こうした根本問題は中長期視点から議論し続けるべきこと。

また各人が最重要と考えるポイントの披瀝も行なわれた。大野の重要ポイントは以下の3つ:@議論のレベルを共通政策の追求からより具体的・個別的なものへとシフトすべき、A各国ごとに何が問題でそれをどう解決すべきかを研究する新プログラムを編成すべき、B各途上国は代替的な開発戦略の中から自らの戦略を選べるようにすべき。

大野健一(GRIPS)

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