英国援助事情 No.20 「貧困と開発 〜日英比較」 ロンドンで生活をはじめて1年8ヶ月になるが、この国にいると疑問に思うことがいくつもある。例えば、「なぜロンドンバスは二階建てなのか」、「なぜロンドンのタクシーは黒いのか」、「なぜ英国人はパブで席があっても立って飲むのか」、「なぜ英国人(特に男性)は雨が降っても傘をささないのか」と色々あるが、どれも納得のいく答えに接していない。ところが最近になって、「なぜ英国の援助界は貧困削減に熱心なのか」という疑問が氷解した。 最近入手した英国統計局が発行した「開発に関する世論調査」という報告書を読んでその答えを見つけたのである。同報告書は、英国人のODA開発援助や貧困問題に関する意識を調査したもので、日本でいう総理府世論調査のようなものである。これによれば、70パーセントの英国人は、開発途上国の貧困問題に関心を示しており、そのうちの71パーセントは「貧困問題は道義的問題だ」と答えている。英国人にとって貧困削減は開発問題というより道徳の問題なのである。この背景には、キリスト教的精神や、かつての植民地への贖罪意識もあると思われるが、それにしても驚くべき結果である。同じ質問を日本人にしても恐らくこのような結果にはならないだろう。 日本では、二宮金次郎が尊敬されているように、貧しくても勤勉に働き、苦学する人がお手本となる社会である。また第二次大戦後の廃墟から勤勉と努力により世界有数の経済大国になった国民の自負があり、貧しい人を道徳心から助けるというより、貧しい人が努力することに援助するという方が説得性がある。日本のODAの基本の一つに「自助努力」という考え方があり、すなわち開発途上国自らが国の開発のために行う事業や行政サービスに協力するというやり方だ。だから英国国際開発省などが最近各国で提唱している財政支援(途上国の国家予算の一部をお金で支援するという援助手段)は、道義的という点では、英国人には受け入れられるかもしれないが、日本人には馴染みにくいやり方かも知れない。 この話をある援助通の英国人にしたら、「イギリスでは、貧困といえば、政府は納税者の支持を得られるし、NGOも募金集めがやりやすい。要すれば資金集めのキャッチフレーズさ」と皮肉っていたが、それで巨額のお金が集まるのであれば、誰もがインフラ開発や産業育成などの開発問題よりも貧困問題に傾倒していくであろう。 貧困削減一辺倒の英国の援助界に頼もしさと不安の両方を感じた1年であった。 12月27日 JICA英国事務所長 山本愛一郎 |
*「英国援助事情」は、筆者の英国での体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。 |
Copyright (c) 2009 GRIPS Development
Forum.
All rights reserved. |