英国援助事情 No.26 「英国の貧困対策援助にあらたな挑戦」 12月に入ってここロンドンもクリスマスムードが高まってきた。市の中心部にあるトラファルガー広場のクリスマスツリーも点火された。このツリーは、毎年ノルウエーから第二次世界大戦の時イギリスに助けてもらったお礼として送られてくる。 クリスマスになるとイギリス人は家族や友達にプレゼントを贈る習慣がある。そこでこの時期はどこもクリスマス商戦たけなわである。幸いイギリスの景気はまだ衰えていない。失業率も3パーセント台と日本の5パーセントよりはるかに低い。それに先月ラグビーのワールドカップでイングランドが優勝したこともあって買い物客の財布の紐もゆるくなっているようだ。 このようなイギリスの好景気につられて好調なものがもう一つある。それはODA(政府開発援助)だ。日本のODAは景気の低迷もあり毎年削減され、昨年はついに援助国トップの座をアメリカにさらわれてしまったが、イギリスのODAは、1997年に労働党が政権を取って以来急増し、2005年には年間9000億円に迫る勢いで、日本を追い抜き世界第二位になる可能性も取りざたされている。 イギリスのODAが元気な理由は、国の経済や財政が順調であることだけではなく、労働党政権が開発途上国の貧困削減をODAの目的に定めたことで国民世論の支持を得ていることである。英国政府が援助資源を貧困削減のための援助に集中させるために使うスローガンが2000年9月に国連が採択した、2015年までに世界の絶対貧困層(1日の収入が1ドル以下の人:世界に13億人いるといわれている。)を半分にするというミレニアム開発目標(MDG)だ。 とは言っても2015年までにあと10年と少し。この目標は達成されるのだろうか。今イギリスの援助関係者の間でよく議論されるのは2つ。一つは世界の援助がアフガニスタンやイラクなどの紛争国に集中してしまい、平和だが貧しい国への援助が相対的に減ってしまうのではないかという危惧。もうひとつはMDGの目標は絶対貧困状態にある人の数(ヘッドカウント)の半減なので、例えばアフリカの小さな国で援助で活用することによりその国としては目標を達成しても、インド、中国、ブラジルなどの大国で成果があがらないと意味がないとの危惧である。どちらも当を得ているだけに深刻な話である。 そこで、その二つ目の論議を深めるため、今月はじめ、英国国際開発省(DFID)と英国最大の開発シンクタンクのODIが共催で「中進国における不公正問題に関するワークショップ」を開催した。場所は、シェイクスピアクスの演劇が上演されることで有名なグローブ座だ。ワークショップは2日間の内容の濃いもので最後には劇場のツアーが付いていた。あいにく冬場なので筆者が楽しみにしていた演劇はなかった。1日目は中国、ブラジル、南アフリカの貧困問題や国内の不公正問題の実情が紹介され、2日目は、それを受け参加者による討論が行われた。参加者は、学者、援助関係者など約50人。 これらの3カ国は、中進国と呼ばれ、欧米、日本などの先進国とアフリカなどの低所得国の中間に位置づけられ、一人当たりのGNPが755ドルから9255ドル(2000年)の間と定義されている。これらの国の問題点は、産業も発達過程にあり比較的豊かだが、国内では、地域間格差や富の配分の不公正から多くの絶対的貧困層を抱えているにもかかわらず、先進国が援助を低所得国や紛争国に集中させるため、援助の恩恵にもあずかりにくいという点である。 このワークショップでも、中国の代表は、「中国ではこの20年間GDPは平均8.2パーセントで成長しているのに、地方農村の所得は5.3パーセントしか増えていない。」、「東の沿岸部に住む人の所得は西部地区の2.9倍である。」、「国営企業のリストラで男性より女性の方が多く解雇されている。」など、地域、ジェンダーによる不公正を訴えた。また、ブラジルの代表は、「ブラジルで最も貧しい東北部の住民の7割以上が黒人である。」と貧困問題と人種差別を関連付ける。 確かに世界の多くの人口が集中する中進国は、国全土が貧しいという訳ではなく、国内での富の不公正な配分が地域や人種、民族問題と絡まっているだけに難しい。おそらく援助を投入しても抜本的な解決にはならないだろう。21世紀の人類の挑戦であるミレニアム開発目標もここにきてまた困難な課題に直面しているのだ。 2003年12月25日 JICA英国事務所長 山本愛一郎 |
*「英国援助事情」は、筆者の英国での体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。 |
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