英国通信


英国援助事情 No.28 「英国から見たアフリカ、アフリカから見た英国」

イギリス人にとってアフリカは身近な地域だ。一般のイギリス人はアジアや中南米よりアフリカに関心を持っている。ジンバブエの大統領選挙の結果が朝のBBCのトップニュースになるし、若いイギリス人の人気のハネムーン先は南アフリカだそうである。

この1年間イギリスの最大の外交問題はイラクであるが、その中でも国民のアフリカへの関心は衰えない。イラク開戦直後の昨年4月9日付のガーディアン紙が、「40 Million starving as world watches Iraq」という大きな見出しの記事で南部アフリカの飢餓問題を訴え、話題になった。それから1年たった今年の4月ロンドン大学で「アフリカとのパートナーシップ:2005年」というテーマで講演したヒラリー・ベン国際開発相が、「ブレア政権のプライオリティーはアフリカです。」と宣言し、居合わせたアフリカ人学生から喝采をあびた。

イギリスでは、このように政府がアフリカ問題を取り上げると、世論の支持を得やすい。それは、アフリカがイギリスにとって地理的、歴史的に身近な地域であるというだけでは説明がつかない。地理的に身近とは言っても、ロンドンからケニアのナイロビまで飛行機で8時間、南アフリカのヨハネスブルグまでは12時間もかかる。時差はほとんどないが近いとは言えない。かつての大英帝国は、現在のアフリカ52カ国のうち、16カ国を支配していたが、それは200年も前のことで、現代イギリス人はそのことでさほど愛着や良心の呵責は感じていないようだ。

では、何がイギリス人をこれほどまでアフリカに駆り立てるのか。その理由を考える前に、現在のイギリスにおいてアフリカがいかに大きな存在であるかを説明しよう。まず、王室関係であるが、エリザベス女王が、英国アフリカ学会のパトロンになっている。また、チャールズ皇太子は、アフリカで保健医療関係の活動をしているNGOのパトロンで、昨年3月アフリカからきた関係者を私邸のセントジェームス宮殿に招き労をねぎらった。筆者も陪席の光栄にあずかり、皇太子とアフリカの話をする機会があったが、タンザニアを訪問されたときのことを懐かしそうに話しておられたのが印象深い。

次に民間セクターであるが、2003年3月の米商務省統計によると、イギリスとサブサハラアフリカとの貿易額は、イギリスへの輸入が82億ドル、イギリスからの輸出が51億ドルで、いずれも日本の2倍の規模だ。規模だけではない。イギリスではアフリカと長いビジネス関係を持っている企業が多い。これらの企業は、英国アフリカビジネス協会というネットワークを持っていて、その傘下に、東アフリカ、西アフリカ、南部アフリカという地域別の協会がある。これらの協会は、アフリカへの投資や貿易を促進するための情報提供や商談促進のための会合を催すなどの支援を行っている。筆者も何人かのメンバーと話したことがあるが、お金儲けよりもアフリカが好きで何か貢献したいという気持ちでビジネスをやっている人が多いという印象を受けた。

次にイギリス政府のアフリカ支援であるが、英国の政府開発援助(ODA)を一手に引き受ける英国国際開発省(DFID)は、その援助予算の53.8パーセントをサブサハラアフリカに集中させている。上位受取国は、ウガンダ、ガーナ、タンザニア、マラウイ、ザンビア、ケニア、シエラレオネ、ルワンダである。(2002年DFID報告書)筆者がこの省の役人にイギリス政府はアフリカ援助を重視しているのかと聞くと、「いやそうではなくで、貧困国への援助を重視しているのだ。」という答えが返ってくる。これがなぜイギリス人がアフリカに関心を持つかという理由を考えるヒントになる。

少し古いが面白い統計がある。2001年の英国統計局の調査によると、英国民の70パーセントが発展途上国の貧困に関心を示し、71パーセントが貧困問題に道義的責任を感じていると答えている。イギリス人は貧しい人を助けるということに強い関心を向けるのである。この国ではチャリティーという言葉は重たい。ボランティアで貧しい人を援助する人はCharity WorkerやAid Workerと呼ばれ社会的に尊敬される。

アフリカは世界でも貧しい大陸といわれる。国連開発計画(UNDP)が毎年発表する各国民の所得、教育、識字率、平均寿命などを総合的に指標化した人間開発指数を見ると、最下位の175位のシエラレオネから151位のガンビアまで実に25カ国全てがアフリカの国だ。この統計以上にイギリス人にとってアフリカは貧しいというイメージが強い。若いイギリス人とアフリカのことを話すとよく話題に出てくるのが、ロック歌手のボブ・ゲルドフだ。彼は1980年代エチオピアの飢饉問題でライブ・エイドというキャンペーンを行い一世を風靡した。この時代にティーンエージャーだったイギリス人は、ボブが歌う「アフリカの人はクリスマスも祝えないんだよ。」という歌をつうじてアフリカの貧困・飢餓の問題に関心を向けていったようだ。

イギリスでは、アフリカは貧しい、だから同義的に助けなければならないという連鎖的な反応が働く。イギリスのNGOには、産油国であるイラクよりアフリカに援助を向けるべきだという意見が根強い。イギリスのアフリカへの思い入れは、地理的、歴史的親近感に加え、貧しい大陸を助けなければならないというイギリス人の持つ強いチャリティー精神が大きく作用しているのだ。

では、アフリカの人はこんなイギリスをどう見ているのだろうか。アフリカでも、大臣や高級官僚の多くは英国で教育を受け、英国の一流大学を卒業しており、彼らの考え方は西洋的で発言もスマートだ。アフリカから要人が訪英するとよくロンドンのセントジェームス公園の前にある王室国際問題研究所(通称:チャタムハウス)で特別講演を行うことがあるが、こういった席で彼らアフリカのエリート達は、「民主主義は西洋の独占物ではない。」などとイギリス人を泣かせる発言をする。4月7日のファイナンシャルタイムズ紙のインタビュー記事で、英国で教育を受けた法律家でもあるガーナのジョン・クフォー大統領は、「アフリカはバンタム級のボクサーだからまだリングでヘビー級と対戦する力がない。だからアフリカが筋力をつけるために、まだまだ援助をしてほしい。」と言った。実にイギリス人のつぼを心得た発言だ。

しかし、アフリカの人全てがこうはいかない。筆者があるインド人とロンドンの目抜通のピカデリーを歩いていた時、彼は、「この辺の立派な建物は、みんなインドから搾取したお茶と胡椒でイギリス人が作ったのだ。」と吐き捨てるように言ったことを覚えている。アフリカの人にもイギリス人のこのような態度を偽善的だと受け取る人もいる。冒頭で紹介した、ロンドン大学での講演会におちがあった。質問に立ったアフリカからの参加者が、「あなた方白人が言うアフリカとのパートナーシップなんて聞きたくもない。援助よりあなた方がアフリカから持ち去った金銀を返してくれ。」と大声で叫んだのである。

イギリスから見たアフリカとアフリカから見たイギリスの間には隔たりがあるようだ。

(本稿の一部が、時事通信社「世界週報」6月29日号に掲載されました。)

 2004年6月23日 JICA英国事務所長 山本愛一郎



*
「英国援助事情」は、筆者の英国での体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。
 

英国通信トップページ
 

Copyright (c) 2009 GRIPS Development Forum.  All rights reserved. 
〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1  GRIPS開発フォーラム Tel: 03-6439-6337  Fax: 03-6439-6010 E-mail: forum@grips.ac.jp