英国通信


英国援助事情 No.33 「 英国人とTSUNAMI」

2004年12月26日未明、インドネシアの北スマトラ沖でマグニチュード9.0の大地震が発生、地震とその後の津波により、アジア・インド洋の広範囲の地域で20万人を超える死者や行方不明者を出すという未曾有の大災害となった。

犠牲になった方々のご冥福をお祈りするとともに、残されたご家族の皆様に心から哀悼の意を表します。

この災害のニュースは、その日のうちにイギリス全土を駆け巡った。折しもクリスマス明けの休日で多くの人が自宅でくつろいでいた時期なので、皆テレビやラジオのニュースに釘付けになった。数百人という英国人が行方不明になっているという情報も流れ、この災害は英国民の一大関心事となった。

津波は真に恐ろしい災害である。ニュースを聞いたとき、筆者は、1996年2月インドネシア、イリアンジャヤ州沖のビアク島で発生した津波災害で、国際緊急援助隊員として現地に派遣された時のことを思い出した。救援物資を持って駆けつけたある村は100人の人口のほとんどが津波で流され、生き残ったのは大きな椰子の木に駆け上ることができた若者だけだった。廃墟になった村の教会に立った時、恐怖で足がすくむような気がしたのを今でも覚えている。津波の後には生か死しかないことを思い知らされた。

イギリスには地震というものがない。したがって津波といっても英国人はピンと来ない。今回の災害で多くの英国人がTSUNAMIという言葉に初めて接したらしく、この言葉が日本語だと知った人から質問をよく受け、どうして津波が起きるのか、なぜ日本語のTSUNAMIが世界中で使われているかについて説明することが多くなった。

ところが、このTSUNAMI災害への救援に関して、英国の大衆パワーが爆発した。発災から2週間たらずの間に市民からの募金が200億円を超え、その時点で英国政府が表明した支援額の2倍にも達した。この額は、アフリカの飢餓対策キャンペーンでBAND AID基金が1984年から2004年までの20年間で集めた金額をはるかに上回る。OXFAMなどの大手NGOに連日募金やボランティアを申し出る電話が殺到した。有名人や裕福な人だけではない。中には、国から受け取った暖房手当ての小切手をそのまま送ってくる老人もいたそうだ。(1月6日付タイムズ紙) 

アフリカとは違って英国からは遠いアジアの災害にどうして市民がこれほどまでに反応したのだろうか。基本的には英国人のもつ旺盛なチャリティー精神があげられるだろう。さらに災害が発生した12月26日がたまたまBOXING DAY(教会が貧しい人々のための募金箱を開ける日)であったことから、キリスト教徒としてのチャリティー精神が昂揚したのかもしれない。また、今回の災害にはクリスマス休暇中の多くの英国人が巻き込まれており、「人事ではない」という強い観念があったのだと思う。今回の被災国には、インドネシアやタイなども含まれており、かつての植民地への贖罪意識はほとんど関係がないだろう。

もうひとつ理由がある。それは、DEC(緊急災害委員会)という非営利団体の存在だ。チャリティー精神だけでは、短期間にこれだけのお金を集めることはできない。DECは、海外の災害に募金を短期に集中的に集めるために1963年に結成された組織で、OXFAM、セーヴ・ザ・チルドレン、アクションエイド、英国赤十字社など12団体がメンバーになっている。災害発生時には、メンバー団体からの資金要請を取りまとめて、新聞、テレビ、ラジオなどでアピールを出す。DECに集まった募金は、それぞれのメンバー団体に配分される。救援終了後は、援助実績についても評価を行い、募金者に公表する。緊急時には、各NGOがバラバラに資金集めをするのは負担になるし、募金する人もどこに募金するかで戸惑うこともある。DECがこの問題を解決してくれる。ゴームレーDEC会長によれば、災害時にはマスコミも色々な慈善団体から無料広告の要請を受けると対応に困るので、DECが緊急広告を一本化することを歓迎するそうだ。

募金の方法も手軽である。小切手を郵送する昔ながらの方法から、最近では、クレジットカードを使ったインターネットや電話での送金もできる。さらに今回の災害では、携帯電話による方法もよく使われた。指定された電話番号を押すと自動的に1回につき1000円程度の募金ができる。合計が月末の電話料金として請求される。

このような市民の組織的かつ大規模な募金活動に比べると、英国政府の対応はすっかり霞んでしまった感がある。ブラウン蔵相は、今回の津波の被災国に対する債務救済をいち早く提案したが、「インドネシアの債務を救済してもその分がバンダアチェのために使われるとかどうか疑問を持つ十分な理由がある。」(1月5日付ファイナンシャル・タイムズ紙社説)などとして時期早尚との批判を受けた。ブレア首相も、災害発生時に休暇を取っていて、すぐに戻らなかったことが批判された。ブレア首相もブラウン蔵相も7月にスコットランドで開催されるG8サミット(先進国首脳会議)で、アフリカ開発問題を主要議題にすることに注力しており、今回の災害でG8首脳の関心がアフリカからアジアへ、長期的開発から災害救援に移ってしまうことを危惧しているのかもしれない。

いずれにしても今回の災害への対応を見ると、あらためて英国の市民社会の健全さと強さを見る思いがする。

 2005年2月25日 JICA英国事務所長 山本愛一郎



*
「英国援助事情」は、筆者の英国での体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。
 

英国通信トップページ
 

Copyright (c) 2009 GRIPS Development Forum.  All rights reserved. 
〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1  GRIPS開発フォーラム Tel: 03-6439-6337  Fax: 03-6439-6010 E-mail: forum@grips.ac.jp