英国通信


英国援助事情 No.34 「英国人から見たブッシュ時代のアメリカ」

アメリカはイギリスから生まれた国で、両国の関係は極めて密接であるということは誰しもが知っていることであるが、ブッシュ大統領の時代になってこの関係が少しずつ軋んできたようだ。

ハリーポッターの映画にも出てきたロンドンのキングスクロス駅から汽車に乗って北東に2時間半ほど行ったところにボストンという港町がある。綴りはアメリカ東部海岸のボストンと同じだ。昨年末家族でここの近くのB&B(朝食つきの民宿のようなものでイギリスでは旅行者がよく利用する。)に泊まった時、あまりに閑散としているので宿の主人に聞いたところ、夏場は自分たちのルーツ探しのために訪れるアメリカ人旅行客で一杯になるという話だ。

実は1607年にこのイギリスのボストンからピルグリム・ファーザーズと呼ばれる清教徒たちが迫害を逃れ新天地を求めてアメリカ大陸に渡ったのである。そして恐らくたどり着いたアメリカの地もボストンと名づけたのであろう。町の郊外には、記念碑も立てられており、アメリカ人旅行客はまずここを訪れ、地元のボランティア団体の協力を得て、自分たちの苗字や先祖の出身地区の名前などを手がかりにしてルーツ探しをするそうだ。

このようにアメリカ人は独立後もイギリスを意識し、英国人もすっかりくだけてしまったアメリカ英語に繭をひそめながらも弟分としてのアメリカを愛しく思う気持ちが伺える。

しかし、2000年の大統領選挙でブッシュ氏が当選して以来、このような英米人の緊密な関係に軋みが出始めた。フロリダ州での投票用紙の再集計のゴタゴタの結果、連邦最高裁の再集計打ち切り判決でブッシュ氏の当選が決まったことが、そもそも英国人には民主的でないと映ったようだ。当時イギリスでは、「アメリカ人はまだ民主主義がわかっていない。独立は取り消しだ。」というジョークが流行ったそうである。

2001年9月11日の同時多発テロ事件の後、英国内におけるブッシュ大統領への同情票が増えたが、その後のアフガン空爆、そして2003年3月のイラク戦争でまた人気が低下してしまった。ただこの時点では、ブッシュ大統領に対する批判はあってもアメリカやアメリカ人を非難する意見はさほど強くなかった。

しかし、2004年11月の米大統領選挙でブッシュ大統領が再選されたあたりからイギリスではアメリカ人に対する風当たりが強くなった感がある。世論調査によると英国民の過半数は、ケリー候補を支持していたため、英国人の間では、アメリカ人がブッシュ大統領を二度も選んだことに落胆する声が高まった。

これまでコラムなどで皮肉ることはあっても表立ってブッシュ大統領やアメリカを批判してこなかった英国マスコミもついに批判の火の手をあげた。大統領就任式前日の模様を1月20日の一面トップで報道したガーディアン紙は、ホワイトハウスで黒いマスクと制服を着けてマシンガンも持って立つ警備員の姿を大きく写した写真を掲載し、「世界はブッシュの新しい時代を怯える」(World fears new Bush era)という強烈な見出しを付けた。翌日も1面トップで今度はブッシュ大統領とその家族が喜び合う写真を大きく掲載し、「この家族の微笑みは世界に対する燃えるような警告だ。」(Smiles for the family, a fiery warning for the world)という見出しを付けた。ブッシュ大統領が就任演説の中で行った世界を民主的な国家と圧制国家に分け、後者に対しては武力をもってでも制圧するという意図表明を痛烈に批判する内容だ。

ブッシュ大統領に対する批判だけではない。右寄りといわれるファイナンシャルタイムズ紙も1月27日付けでアメリカの外交政策に対する批判記事を掲載した。「いかにしてアメリカは世界のなくてもよい国になってしまったか」(How America became the world’s dispensable nation)というタイトルで、ブッシュ大統領の就任演説は福恩主義的な熱意に満ち溢れているが、世界の人々は誰も聞いていない。アジアでは、ASEANと日本、中国、韓国が結束すれば世界一の貿易ブロックになるし、欧州もアメリカのGPSに対抗するガリレオという独自の衛星ネットワークシステムの開発を行っているようにNATO体制の外で独自の軍事力強化の動きをはじめており、アメリカ抜きでアジアと欧州に新しい秩序が出来つつあると警告している。

イギリスには、チャーチル元首相が唱えた「三つの輪のドクトリン」(Three circle doctrine)と呼ばれる伝統的な外交政策がある、それは、かつての大英帝国を失った現代イギリスが世界に影響力を維持するための3つの政策で、一番目は、英連邦をつうじた旧植民地国との関係維持、2番目はアメリカとの緊密な関係、3番目は、これに基づく大陸欧州への影響力の行使である。1番目については、英連邦諸国の多様化に伴い旧宗主国としての英国の影響力はかつてほどなくなった。2番目の輪である英米関係が国民感情も含めて現在のようにギクシャクしているようでは、3番目の輪である大陸に対して有効なカードが切れない。現在のイギリス外交は苦境に立たされている。

しかし、英国人の中にも弟分のアメリカのことだからいつかは分かってくれるという気持ちの人もいる。またアメリカ人の中にもこのような英国人のアメリカ離れを心配する人もいる。最近アメリカに出張した際、ワシントンのある援助関係者(アメリカの援助関係者の8割は民主党支持者だと言われる。)が筆者がイギリスから来たことを知り、ロンドンに帰ったらイギリスの人達にアメリカ人がまたブッシュを選んだことを自分に代わって詫びてほしいと頼まれた。仲たがいをしても所詮は兄弟の英米関係、他人には一概に判断はできない。

 

 2005年3月30日 JICA英国事務所長 山本愛一郎



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「英国援助事情」は、筆者の英国での体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。
 

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