英国通信


英国援助事情 No.35 「ブレア首相とアフリカ」

トニー・ブレア英首相は、1953年6月スコットランド生まれの51歳、弁護士のシェリー夫人との間に21歳から4歳までの4人の子供を持つ。在任中に子供を設けた首相は英国史上始まって以来だ。家族とともにダウニング10番地(首相官邸)に住む。

日本と同じ議員内閣制をとる英国では、保守党と労働党の二大政党が政権を担ってきたが、第二次世界大戦後はチャーチル首相やサッチャー首相に代表されるように保守党の政治家の存在感が強かった。ところが、1997年の総選挙で労働党が地すべり的勝利を収め、1979年までのキャラハン政権以来18年ぶりに政権に返り咲いた。

選挙での大勝に一役買ったのは、当時のブレア労働党党首である。30歳の若さで議員になったブレア氏は、次期首相候補まちがいなしと言われた当時のジョン・スミス労働党党首の急死を受けて、1994年、39歳の若さで党首に選ばれた。ブレア氏より2歳年上で同じく労働党のホープだったゴードン・ブラウン氏(現財務相)との間で話し合いの結果、ブラウン氏が立候補を断念したため、ほとんど無風状態での選出であった。

1997年に第51代首相になって以来、ブレア首相は、国内では、福祉や労働組合を重視する古典的な労働党の政策とは違った効率性や合理性、民営化を重視するニューレーバーと呼ばれる新しい政策を打ち出した。大学の授業料の上乗せの認可(top-up fee)や国立病院の民営化(foundation hospital)などにも着手し、これまでの労働党の支持基盤であった労働組合とも距離を置くようになった。海外援助についても、保守党政権のもとでの国益や英国企業の利益を重視した援助政策から世界の貧困救済を目的とした政策に転換し、その中でも貧困国が集中するアフリカに重点を置いた。2001年の労働党大会のスピーチでブレア首相が使った「アフリカは世界の良心の傷だ。」(Africa is a scar of the conscience of the world.)という言葉は、以後同首相のアフリカ支援への信念を示す言葉としてよく引用されている。

ブレア首相のアフリカへの信念は現実の政治行動として現れた。今年の7月英国がホスト国となってスコットランドのグレンイーグルで開催される主要先進国首脳会議(G8サミット)で、アフリカ開発問題を議題にすることを決めた。 このための準備として昨年2月、ブレア首相は、自らが委員長になって、アフリカ委員会(Commission for Africa)なるものを立ち上げた。コミッショナーは、ベン英国際開発省、ブラウン英蔵相、カムデシュ元IMF総裁、ムカパ タンザニア大統領など国際的な著名人17名だ。アフリカの飢饉の救済に対するキャンペーンを行ったロック歌手のボブ・ゲルドフ氏もメンバーになっている。この委員会の目的は、アフリカの現状を総合的に分析し、今後の開発と援助への提言を行うことだったが、2005年3月11日に発表された400ページを超える同委員会の最終報告書は、対アフリカ援助の倍増や債務削減以外にも、汚職問題への取り組み、アフリカ貿易促進のため先進国の貿易障壁を廃止すること、インフラ投資や民間セクターの開発、科学技術の推進や平和と安定などの広範な問題に関する分析と提言が盛り込まれた「骨太」の報告書だ。アフリカの問題だけではなく、先進国の責任も明確になっている。G8サミットではこの報告書を元にブレア首相のリードによりかなり突っ込んだアフリカ論議が行われるだろう。

しかし、このようなブレア首相のアフリカ支援熱に対して、概ね世論の賛同を得られるアフリカ問題を取り上げることにより、国民の目をイラク問題からそらし、今年5月の総選挙を有利に戦うためではないかという冷ややかな見方もある。また、ブレア首相のイラク政策に反対して国際開発相を辞任したクレア・ショート議員は、最近出版した自書の中で、「トニー・ブレアは、労働党党首になるまで外交政策に関心を示したという記録は一度もない。」、「彼はアフリカについて全くの素人だ。アフリカに関するアドバイザーを任命したが、そのアドバイザーも彼と長く一緒に仕事をしただけでアフリカのことは知らない。」と手厳しく批判している。

一方アフリカ人から見れば、このような英国主導のアフリカ支援に対して警戒する向きもあるが、全体としては、ともすれば日陰者扱いされるアフリカにサミット開催国である英国がスポットを当ててくれることを歓迎しているようだ。

ブレア首相がどこまで他のG8首脳をアフリカ問題でリードし、サミット終了後どこまでフォローするのか、援助関係者やアフリカの人々は見守っている。

 2005年4月21日 JICA英国事務所長 山本愛一郎



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「英国援助事情」は、筆者の英国での体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。
 

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