英国通信


英国援助事情 No.36 「 英国式 国の分類法」

現在世界には191の国(国連加盟国ベース)があるが、これらの国を分類するための色色な基準や方法がある。一番よく使われるのは、先進国と発展途上国という分類であるが、世界銀行は、加盟国を一人当たりの国民総所得(GNI)によって細かく分類している。ちなみに2003年の基準では、一人当たりの国民総所得が765ドル以下の国を低所得国とし、アフガニスタン、カンボジア、エチオピアなど61カ国が分類されている。766ドル以上3035ドルまでが、低中所得国で、ブラジル、フィリピン、トルコなど56カ国、3036ドルから9385ドルまでが上中所得国でアルゼンティン、マレイシア、サウジアラビアなど37カ国、9385ドル以上が日本、アメリカ、韓国などの高所得国である。さすがに開発金融機関だけあって、国の所得が分類の基本になっている。

国連は少し違う。国のランクは、所得だけでなく、国民の教育、健康、文化的水準も含めた総合的な判断が必要との観点から、国連開発計画(UNDP)では、出生時平均寿命、成人識字率、就学率、一人当たりの国内総生産、などを加味した「人間開発指数」というものを国ごとに算出し、人間開発高位国、人間開発中位国、人間開発低位国に分類してランキングを毎年公表している。2003年発表によると、高位国は55カ国、中位国は86カ国、低位国は、34カ国で、トップ5カ国は、ノルウエー、アイスランド、スウェーデン、オーストリア、オランダで、下位5カ国は、シエラレオネ、ニジェール、ブルキナファソ、ブルンジと全てアフリカの国である。ちなみに日本は9位でアメリカ、カナダより下だ。

ところが、2001年の9.11事件を契機として、特に英米など先進国の間でテロ対策や治安・安全保障の観点からあらたな基準で国を分類する動きがでてきた。アメリカは、イラク戦争以前は北朝鮮、イラク、イランに「悪の枢軸」(axis of evil)や「ならずもの国家」(rogue state)などというレッテルを貼り付けた。ブッシュ大統領が二期目に入ってからは、「圧制国家」(outpost of tyranny)として北朝鮮、ビルマ(英米ではミャンマーではなく依然としてビルマと呼ぶ。)、イラン、ジンバブエ、ベラルーシ、キューバの6カ国を「指名」した。いずれも独裁国家で民主化が進んでおらず、米国にとって脅威となる場合は、武力による制圧も辞さないという厳しいメッセージを送っている。世界銀行や国連方式の分類法は、客観的な基準に基づくものなので、区分された国のほうも大きな不満はないと思うのだが、これら米国方式の分類では、米国の主観で一方的に悪のレッテルを貼られたようなもので、区分された国の為政者は怒りがおさまらないだろう。

さて、英国はどうだろう。今年初め英国政府が世界銀行、国連、OECD(経済開発機構)や各国政府の代表者約150名を招いて「脆弱な国家における援助効果の向上に関する会議」を開催した。「脆弱な国家」(fragile state)というのは最近英国などが使い始めている新しい国の分類法だ。紛争が終結した国や、国内の政治や政府の統治能力(ガバナンス)が弱いため、いつ何時紛争が再発し、またテロリストの温床にもなりかねないという国がその範疇に入る。イラク、アフガニスタン、スーダン、東チモールなどがその一例だろう。この会議では、脆弱な国家に対して、いかにして政府の統治能力や行政サービス能力を向上させるとともに、健全な市民社会を育成していくかを中心に議論がなされたが、米国は、「脆弱な国家」はテロなどの温床になりやすく、米国にとって脅威なので国際社会が対処しなければならないとの立場だったのに対し、英国が主張したのは、「脆弱な国家」は国全体が貧しいので、まず貧困救済のための援助を行うことによって安定化させる必要があるという点だ。そもそも英語のfragileは「壊れやすいので大切に扱いましょう」という意味で、悪い意味ではない。その点言われた国は、アメリカ式の「ならず者国家」や「圧制国家」のように敵対的だと感じないかもしれない。英国方式は相手に威圧感をあたえずに援助によって国を安定化し、改善しようとするメーセージがこめられている。

しかし、アメリカ同様に英国の価値観をもとに外国を分類しようとする傾向には変わりない。しかも英国の場合、ある意味では単純で分かりやすいアメリカの分類法よりも幅広い概念をもとに「脆弱な国家」を分類している。上述の会議で英国国際開発省(DFID)が発表した「脆弱国家一覧表」を見ると、じつに46カ国がリストアップされており、紛争終結国以外にもアゼルバイジャン、ビルマ、グルジア、ウズベキスタン、ナイジェリア、インドネシアなどが含まれており、汚職や民主化などの概念もその分類基準に入っていると思われる。アジアの政治経済大国のインドネシアからは抗議を受けそうなリストだ。

この「脆弱な国家」という英国式の分類法も世界銀行や国連のそれほど客観的ではないが、英国人も持つ価値観を反映しているだけにかれらは自信を持って使っているのだ。リストアップされた国には、民主主義を推進し、健全な市民社会を育成し、汚職や腐敗のない透明で能力の高い政府を作るべく手助けしたいという英国の強い意思が反映されている。世界銀行や国連方式の国の分類にはない幅広い視点がこの「脆弱な国家」という区分方法に含まれている。大きな課題はどの国も納得する客観的な基準をいかに作るかということだろう。

 2005年6月2日 JICA英国事務所長 山本愛一郎



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「英国援助事情」は、筆者の英国での体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。
 

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