米国通信


このページではJICAアメリカ合衆国事務所長・山本愛一郎氏の「アメリカ援助事情」を掲載していきます。


2008年3月17日 

アメリカ援助事情 第6号 「ビル・ゲイツ氏の正体」 


ビル・ゲイツ氏といえば、マイクロソフト社の創設者として一代で巨額の富を築いた 実業家であるが、最近では、その方面よりも自分と奥さんのメリンダさんの名前で 財団を創設し、かつての攻撃的な商法からすると意外だが、(週間アエラ3月10日号) 途上国支援に私財を投げ打つ慈善事業家として知られるようになった。

「ビル・ゲイツ&メリンダ財団」は、@健康の改善 A貧困削減 B米国におけるITアクセス機会の 拡大を目的として2000年に設立された全米最大の慈善団体で、2007年現在の 基金規模は約4兆円。米国法により、慈善団体は毎年その基金の5パーセント以上を 寄付しなければならないが、同財団の場合、この規定をはるかに上回る1兆5千億円を設立以来寄付している。

米国シアトルにある財団本部には、開発途上国支援部門としては、「グローバル保健プログラム」と 「グローバル開発プログラム」、が置かれており、前者はHIVエイズ、マラリアなどの感染症対策、 後者は貧困層へのマイクロファイナンス、アフリカの農業開発などに資金を提供している。

今月12日、当地にある米下院議会科学技術委員会にビル・ゲイツ氏が喚問されたので、傍聴に行ってみた。世界から遅れつつあるアメリカの科学技術を再生させるためにはどうしたらよいかを この道の成功者ゲイツ氏から聞こうというのが目的だ。

冒頭挨拶に立った委員長のゴードン議員(民主党、テネシー州出身)は「アメリカはヘンリー・フォード が世界で始めて自動車の組み立てラインを発明、その後は、第二次世界大戦では軍艦をたった4日で建造するという離れ業も成し遂げた。一時期ソ連がアメリカに先駆け有人宇宙船スプートニク号を 打ち上げたが、アメリカはすぐアポロ8号を打ち上げ世界で始めて人類の月面着陸に成功した。 このようにアメリカは以前は世界の科学技術をリードしてきた。今我々は何をすべきか真剣に考える時 がきた。」と述べ、ゲイツ氏の経歴をユーモラスに紹介した。「君は10億万長者(ビリオネアー)だが、ぼくは違う。ぼくは大卒だが、君は違う。一体何がこうさせたのだ?」と。

これを受け、ゲイツ氏は真面目な顔で、アメリカが今やるべきことを2点提案した。一つは移民政策の緩和、もう一つは高等学校の理数科教員の給与アップだ。

ゲイツ氏によれば、アメリカのコンピューター科学系の大学の学部の在校生15000人のうち53パーセントは 外国人で、マイクロソフト社優秀な学生を採用しようとしても外国人の就労規則が厳しいため他国の企業に就職してしまう。また、現在マイクロソフト社が雇用している多くの有能な外国人技術者はビザの延長ができず退職せざるをえないのが実情だそうだ。そこで、外国人就労ビザ発給の緩和やグリーンカード(米国永住権)の発給拡大を訴えた。

さらにゲイツ氏は、アメリカの高等学校における理数科教育の質の低さを指摘し、教員へのインセンティヴを高めるための給料のベースアップを訴えた。

しかし、この2点の提案は、出席していた多くの議員には身勝手に写ったようだ。「この国には、優秀なコンピューター学部の学生はいないかもしれないが、できの悪い若者が、戦地に行ってこの国を守っている。 あなたの会社は、その上にあぐらをかいて利益をあげている。しかも外国人社員を雇って、地元の人の職を奪っている。」とA議員。また、教職員組合を支持基盤とするB議員は、「私は30年来アメリカの教員と付き合ってきたが、皆真剣に教育の質のアップを考えている。あなたの意見では、生徒のバスケットボールの技能を向上させた先生や、英文学を一生懸命教えている先生はどうなるのか。」と厳しい指摘が相次いだ。

この日の公聴会でゲイツ氏が見せた顔は、慈善家のそれではなく、身勝手でアグレシブなビジネスマンそのものだったのである。

JICAアメリカ合衆国 事務所長 山本愛一郎
 

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「アメリカ援助事情」は、筆者のアメリカでの体験とナマの情報をもとに書いてい ます。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載 される場合は、事前に御一報願います。


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