「何百万人もの命を奪った長年の戦争の後、欧州連合は設立された。それは、欧州人が自分たちの問題を武力でなく話し合いによって解決する新しい時代の到来を標すものである。」これは、欧州連合(EU)の行政機関である欧州委員会(EC)が欧州市民向けに作成した広報パンフレットの序文である。これがEUが人類の歴史上最大の平和構築プロジェクトだと言われる所以である。 第二次世界大戦の傷跡がまだ癒えない1951年、戦争遂行に不可欠な石炭と鉄鋼を欧州共同で管理するための欧州石炭鉄鋼共同体が設立されたのを皮切りに、欧州諸国は、原子力、関税、資本、労働、サービス、通貨など次々と共同管理、統合の道を歩み始めた。そして2009年12月には、EUの憲法とも言われるリスボン条約が発効し、いよいよ最終目的である政治統合への道に踏み込んだかと思いきや、同じ頃ギリシャの財政破たんが暴露され、それ以降欧州各国は、財政、金融危機への対応に追われ続け、EU最大の危機とまで言われるようになったのは周知の通りである。 このような危機のもと、筆者が関係している政府開発援助(ODA)はどのような影響を受けているのであろうか。そもそも欧州のODAは複雑である。まず加盟国が其々実施しているODAに加えて、加盟国から拠出されるECの予算の中から支出されるEUとしての独自のODAがあるのだ。金額でみると、EUのODAは、111億ユーロ(1兆1100億円)で、これに加盟国其々のODAの総計である540億ユーロ(5兆4000億円)を足すと、世界一位のアメリカを凌ぐ巨大な「援助共同体」になる。 ODAは、外交や安全保障を推進するうえで強力な手段となるため、ECとしては、自分たちが調整役となって加盟国のODAを出来るだけ一本化(convergence)することを理想としており、このための「練習」として、ECと複数の加盟国の援助機関が資金を出し合って援助を行ったり (blending)、ECの援助プロジェクトを加盟国の援助機関に委託したり (delegated cooperation)、特定の国で、加盟国の援助プログラムを一本化する(joint programming) 動きもある。 しかし、ODAは、加盟国其々の国益やプレゼンスにかかわる事業であり、これを統合することは、加盟国の思惑もあり、一筋縄にはいかない。現状では、金融危機への対応でも見られたようにドイツとフランスは共同歩調を取っており、欧州援助の一本化には前向なようである。筆者が面談したドイツとフランスの援助関係者は、統合役としてのECを自分たちが盛り立てていると自負している。一方、英国は、「誰が何をするかをブラッセル主導で決めるのは不愉快だ。」(英国国際開発省幹部)として独自のODA実施方針を貫く考えだ。 金融危機の最中の欧州で、財政や金融面での共同管理や統合に世界の目が向きがちであるが、援助の統合問題も地味ではあるが、目が離せない。
JICA欧州連合首席駐在員 山本愛一郎 |
*「ブラッセル援助事情」は、筆者のブラッセルでの体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。 |