ブラッセル通信


このページでは、現在JICA欧州連合首席駐在員である山本愛一郎氏の「ブラッセル援助事情」を掲載していきます。


2012年8月9日     

  ブラッセル援助事情 No.2 「EUの援助予算」           
              

 欧州議会や欧州委員会などEUの主要機関に近いブラッセルの地下鉄シューマン駅周辺は、普段はEU関係の通勤客や訪問客で賑わうが、8月になって人通りがまばらになってきた。多くの職員が長期休暇に入っているためだ。(ちなみにこの駅の名は欧州連合生みの親と言われているフランスのロベール・シューマン外相の名にちなんで付けられた。)

 しかし、その中でも事務所に残って熱心に仕事をしている人たちがいる。欧州委員会各部局の予算要求担当者たちだ。筆者のカウンターパートの一人である欧州委員会開発総局(EUが独自に実施する開発援助の政策・実施機関)に勤務するピーター・クレーグさんもその一人だ。新規予算の枠組みなどをめぐり関係部署との調整が大変なのだそうだ。

 EUの予算は、日本などの国家予算とは異なる二つの特徴がある。まず予算の期間が7年と長いことである。現在審議されているのは、Multi Annual Financial Framework (多年度財政枠組み)と呼ばれる2014年から2020年までの7か年の予算で、夏休み明けの9月から理事会(上院)、欧州議会(下院)での長期間の審議が再開される。EUの行政当局である欧州委員会 (EC)から既に提示された予算案は、7年間総額で1016792億円(1ユーロ100円で換算)で、外交や開発援助など対外的に使われるGlobal Europeと呼ばれる予算は、そのうちの約6パーセントの61973億円だ。さらに加盟国が任意で拠出する「欧州開発基金」の予算34300億円を加えると、7年間で10兆円近くになる。7年分となると予算編成は大変な作業になるが、毎年度要求、審議される国家予算に比べ。先々の予算支出が見通せるため、開発援助など長期のコミットメントが必要な部門には理想的な予算制度と言えるだろう。

ちなみに、予算の裏付けとなるEUの収入源は、主として27の加盟国から其々のGNPの規模に基づいて算出される拠出金だ。したがってイギリスやオランダなど、EUから得られる予算的利益より、負担の方が大きいnet contributor(純支出国)と、ポーランドなど経済規模の小さい新興加盟国など、拠出するお金より補助金などで受け取るお金の方が多い国net beneficiary(純受け取り国)との間で当然予算をめぐる綱引きが起こる。幸いなことに援助予算は、基本的にはEU外部への支出なので、加盟国同士の大きな利害の衝突が起きないことに加え、昨今中国、インド、ブラジルなど新興国の台頭によりEU外交のプレゼンスが相対的に低くなっていることへの懸念から、むしろ増加傾向にある。しかし、今回の新規予算案では、欧州金融危機の煽りを受け、すでにドイツ、オランダ、英国など大口拠出国が全体予算の圧縮を求めており、開発援助予算もその影響を受ける可能性がある。

 もうひとつのEU予算の特徴は、金額の積み上げよりも、インストラメントと呼ばれる予算枠組みをめぐる議論や駆け引きが非常に重要だという点だ。これは開発援助予算では特に顕著に表れる。なぜなら、援助の場合は、金額そのものも重要だが、援助の対象国や対象分野、支出方法が議論になることも多いからだ。前出のEUの外交・援助をカバーするGlobal Europeにも多くの予算インストラメントがある。これらのインストラメントは、経済財政安定、民主主義と人権、人道支援、原子力安全、食糧安全保障など国や地域を限定しないテーマ別のインストラメント(thematic instrument)と、低所得向けの開発協力インストラメントや東欧・コーカサス・中東・北アフリカ向けの近隣国支援インストラメント、アイスランド・トルコなどEU加盟候補国支援のためのインストラメントなど、対象分野を特定せず、対象国や地域を限定する地理的インストラメント(geographical instrument)に大別されるが、いずれも予算の使用目的や使用方法そしてそれを使うことのできるEU機関が厳格に定義されており、予算要求のたびにこれらの規定の見直しや新設の議論が白熱するのだ。

これらのインストラメントはいわば机の引き出しのようなもので、いくらそこにお金が入っていても、目的の異なる引出からはお金が出せないし、開きにくい使い勝手の悪い引出は、その建付けを変更しなければならないのだ。今回の予算要求でも、例えば、開発協力インストラメントが低所得国向けで、ブラジル、中国などの新興国には使えないので、パートナーシップインストラメントと称する新しい引出を作るが、その審議過程で、そもそも中国やブラジルを援助する必要があるのかなどの議論が出てくる恐れがある。また、アフリカの広域支援を行うための新規枠組みであるPan African Programmeでは、既存の枠組みとの重複をどう調整するのかが焦点になるだろう。

外部の我々から見ていると、そんな複雑な引出を沢山作らないで、大きな扉を一つ作って、そこから柔軟にお金を引き出せばよいではないかと思うが、一国の政府とは違い、EUは経済力も、歴史も、文化も違う27の国の共同体で、予算はすべての加盟国が納得し、しかも大国や発言力の大きな機関が勝手なことができないようにする仕組みが必要なのだろう。厳しい財政状況の中、これから7年間の予算を作るブラッセル秋の陣がいよいよ来月から始まろうとしている。

                                               JICA欧州連合首席駐在員  山本愛一郎



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「ブラッセル援助事情」は、筆者のブラッセルでの体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。

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