ブラッセル通信


このページでは、現在JICA欧州連合首席駐在員である山本愛一郎氏の「ブラッセル援助事情」を掲載していきます。


2014年6月25日     
 

ブラッセル援助事情No.23 「開発と移民〜ドイツ政府のタブーへの挑戦」
 

  開発援助が移民政策に関与することはこれまで一種のタブーだった。すなわち開発援助は開発途上国の人材を育成し、その人材が国に残って貢献することを前提として実施されてきたので、途上国の人材を援助国に技能労働者として移民させるために援助を行うことには強い抵抗があったのだ。かつて英国政府の援助機関が訓練したアフリカやスリランカの医師や看護師がロンドンやマンチェスターの病院で働いているとして非難されたこともあった。

 ところが、ここにきてドイツ政府がこれまでのタブーに挑戦するかのように「開発志向の移民政策」(Development-oriented Migration Policy)を打ち出した。

 
617日、フランクフルト郊外、エッシュボーンにある世界最大級の援助機関「ドイツ国際協力公社(GIZ)」(職員16千人、年間予算2500億円、世界60か国で援助を実施。)の本部で「デジタル時代における人口移動と移民を考える対話集会」(Eschborn Dialogue on Mobility, Immigration and Digital Change)が開催された。筆者が会場に駆け付けた時には、すでに500人以上の参加者が集まっていた。言語はすべてドイツ語で、会場の入り口で英語用のヘッドホンが配られたがもらっていたのは5人くらいだ。ドイツ政府関係者、ドイツ援助機関、NGO、教会関係者など、さながらドイツ人の決起集会の様相だ。

 冒頭スピーチを行ったミューラー ドイツ連邦政府経済協力開発大臣は、「ドイツが開発途上国から技能労働者を移民として受け入れることにより、ドイツ経済が活性化し、移民送金が増えることで、送出国の開発に貢献するのだ。」と言い切った。

 その後のパネル討論でも、ベッカー ドイツ連邦政府雇用庁理事、戦略的開発問題を研究するドイツ・ロイファナ大学のケラー副総長、キリスト教系援助機関のカリタス会長のネヘール氏、イヴァノヴァ国連事務総長科学顧問が口をそろえて、移民と開発のポジティブな側面を強調した。途上国から熟練した技術者をドイツなど先進国が受け入れることにより、先進国の経済が活性化し、移民の送金により、送り出す国も潤う。将来は、移民達が母国に再移住(circle immigration)し、リーダーとして母国の発展に貢献するという、所謂トリプル・ウインのロジックだ。

 筆者は、このロジックには抵抗があったのだが、ワールドカップでドイツがポルトガルに勝った翌日ということもあって、ドイツ人の鼻息には抗えない雰囲気だった。しかし、唯一非ドイツ人として、壇上に立った前出のイヴァノヴァ女史(ブルガリア人)は、「日本は移民を受け入れないで介護ロボットを作っている。」と我が国を揶揄したのには怒りを覚えた。

 この大会に合わせるかのように、前出のGIZが、「開発途上国側から見た技能労働者の移民」と題する報告書を発表した。アルメニア、コロンビア、グルジア、インド、モロッコ、チュニジア、ヴィエトナムの7つのパイロット国での調査結果をまとめたものだが、冒頭、「2010年から2025年までの間ドイツでは650万人の技能労働者が不足する。当面は、女性や高齢者の雇用で凌げるかもしれないが、長期的には、途上国からの技能労働者の受け入れが必要だ。」と言い切っており、最初から結論ありきの報告書だ。

 このようなドイツ政府の政策には、ドイツ人の間でも抵抗があるようだ。会場に来ていたドイツ人コンサルタントは、昼食時筆者に「カリタスは、教会の名で多くの老人ホームを経営しており、そこに低賃金で働く介護士を途上国から連れてきているのだ。」と囁いた。筆者の友人のGIZ職員は、「これはドイツ政府の洗脳作戦だ。」と当惑していた。別の機会に話を聞く機会のあったビルタ・ルワンダ教育大臣は、「開発にやさしい移民政策なんてありえない。アフリカの若者は、我々が訓練し、アフリカで働いてもらう。」と明言した。

 このように、多くの人々から抵抗のある「開発と移民」の問題に正面から向き合いはじめたドイツ政府の意図は明白だ。多くの日本人がブラジルなどに移民した100年前と違い、デジタル化時代の現代では、人々は少しでも条件の良い就職先をグローバルに見つけ、短期間の移民を繰り返すという人口移動の時代に入っていると言う人もいる。開発と移民という古くて新しい問題も新局面に入ってきたのかもしれない。今後とも成り行きを見守りたい。


JICA欧州連合首席駐在員  山本愛一郎

<<前の記事
 


「ブラッセル援助事情」は、筆者のブラッセルでの体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。

ブラッセル通信1

Copyright (c) 2014 GRIPS Development Forum.  All rights reserved. 
〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1  GRIPS開発フォーラム Tel: 03-6439-6337  Fax: 03-6439-6010 E-mail: forum@grips.ac.jp