ブラッセル援助事情No.22 「自由はタダじゃない! オバマ米大統領が欧州に警告」 3月 26日の朝、いつものように自宅を出て、徒歩でEUの関係機関が集中するシューマン地区にある事務所に通勤する時のことだった。途中、センカンチネール公園(ベルギー独立50周年を記念して建てられた博物館が並ぶ美しい公園)を過ぎたあたりから、バリケードやパトカー、警官の姿が目立ちだした。オバマ大統領の大統領就任後初めてのブラッセル訪問に備える警備だったのだ。 折しもウクライナとロシア問題が大きくのしかかる中での同大統領のブラッセル訪問は、重苦しい雰囲気が漂っていたが、案の定、大統領のEUのウクライナを巡る対ロシア政策に対するメッセージは厳しかった。冒頭の発言「Freedom is not free.」は、ファンロンプイ欧州理事会議長とバローゾ欧州委員会委員長との首脳会談後の会見での発言だ。第一次、第二次世界大戦のおびただしい犠牲と破壊から立ち直り、欧州が米国の援助を受けて築きあげた自由と繁栄も、今回のウクライナのような試練に晒されることを考え、常に備えを怠ってはならないというメッセージだ。 具体的にオバマ大統領が危惧しているのは、NATO(北太平洋条約機構)の加盟国の軍事費の削減による有事の際の対応能力の低下だ。その加盟国のうち、GDPの2%以上を軍事費に充てている国は、アメリカ、イギリス、ギリシャ、エストニアのみで、一方ロシアは、ここ十年で軍事費を80%も増やしている(ウオールストリート・ジャーナル誌)。もともとNATOは、冷戦時代のソ連に対峙するための西側の軍事機構だったため、ソ連が崩壊した後は、加盟国間の隙が甘くなったことも背景にあるかもしれない。 NATOに限らず、EU自体の対ロシア外交に関する評価は芳しくない。今年の1月に発表された「欧州外交政策成績表」(EUの主要国に対する外交政策の成果を「A」から「D」の4段階で評価する成績表で、ロンドンに本部を置く欧州外交評議会が前年発表する。)によれば、EUの対ロ外交の成績は、「C+」で、大学生なら落第すれすれの得点だ。「EUはロシアとウクライナの内情分析が甘かったので、今回のクリミア併合の事態で不意打ちをくらった。EUは、ロシアの対外政策に何の影響力も行し得ない。」とその評価は手厳しい。 オバマ大統領は、同じく同首脳会談で、「EU のロシアからのガスの輸入比率が32%、石油が35%だとして、エネルギー輸入の多角化を促した。(European Voice 3月27日号)ドイツなどEU加盟国のロシアからの資源輸入比率が大きいため、対ロ制裁の足並みが揃わないとこを危惧したのだろう。 第二次世界大戦中は、アメリカ人が血を流して、欧州の自由と平和を守り、また大戦後は、多大な資金と軍事力をもって、それを守ってきたのだから、ヨーロッパ人ももっと自覚をもって、自分たちの自由と民主主義を守り抜いてほしいという気持ちの表れが、今回の大統領の一連の発言の根底にあったのだろう。 最近会ったブロックマン欧州政策センター外交部長は、「欧州の日本化」(Japanisation of Europe)という発言をしていた。日本人にはあまり面白くない言い方だが、国内の経済や金融のことのみに捕らわれているうちに、その周辺にある大きな脅威に気づかないという意味だそうだ。確かに、第二次世界大戦後、二度と戦争は起こさないという誓いの下に結成されたEUは、関税、市場、農業金融、金融と経済面での統合に重点を置くあまり、域内の安全保障問題については、NATO任せにして、あまり関心を払ってこなかったのかもしれない。この辺の弱みを、今回ウクライナでプーチン氏に突かれたのだろう。 そうは言うものの、EUの側に立つと、大統領の一声で外交政策が決まる中央集権型のアメリカ外交とは違い、EUの外交政策は、28の加盟国の合議と承認が必要で、貿易や農業政策のように、欧州委員会にその執行を任されている領域ではない。したがって、加盟国それぞれの外交政策が一致しない場合は、有効な政策も対応も打ち出せないというハンディーがあることも擁護しておきたい。 いずれにしても、今回のウクライナ問題は、EUとヨーロッパ人に与えられた試練でもある。これにEUがどう立ち向かうかは、日本やアジアにとっても関心のあるところであろう。 JICA欧州連合首席駐在員 山本愛一郎 |
*「ブラッセル援助事情」は、筆者のブラッセルでの体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。 |