ブラッセル通信


このページでは、現在JICA欧州連合首席駐在員である山本愛一郎氏の「ブラッセル援助事情」を掲載していきます。


2014年2月25日     
 

ブラッセル援助事情No.21 「ウクライナかタイか。〜EUから見た世界観」
 

  与野党対立で、政局が混迷している国が、今世界に2つある。タイとウクライナだ。両国とも、抗議集会やデモによる犠牲者が多発し、予断を許さない状況だ。しかし、EUの関心は圧倒的に後者の方だ。ヤヌコビッチ大統領の失踪、野党勢力により暫定統治など事態の急変を受けて、EU関係者はその対応に追われている。当地のマスコミ報道も、まるで東西冷戦が復活したかのような書きぶりだ。中には、ロシアの軍事介入を匂わせるような記事もある。

 昨日面白い出来事があった。連日ウクライナ問題で忙しいEU閣僚理事会が入るリプシウスビルの道を隔てた真向いにあるプレスセンターで、「タイの政治危機を考えるセミナー」が開催された。主催者は、「EUアジアセンター」というアジア問題を専門に扱う小さなシンクタンクだ。登壇したパネリスト達からは、「ここ数日間で衝突がバンコク市内から地方にも広がりを見せており、事態は深刻だ。軍事クーデターが再度発生するかもしれない。」(シンガポール東南アジア研究所客員研究員)、「タイの政治は、常に予測不可能だ。内戦に発展する可能性さえある。」(元駐タイEU大使)など、聴衆の関心をタイに向けようと必死の様子がうかがえる。しかし、集まったのは、小職をふくめ、アジアの外交団や、EUの数少ないアジアの専門家30名程度。EU全体への影響力は限定的だ。 

 EUのアジアやタイにおける商業的利益は計り知れないのに、なぜここまで関心が低いのだろうか、そこには、EU独特の世界観があるのではいかと筆者はみている。EUは、きわめて自己中心的な組織だ。下図のとおり、EU加盟国28か国を中心として、加盟前国(Pre-Accession Countries)、近隣国(Neighbourhood Countries)ACP諸国が、3重の円で囲むように存在している。円の外は、第三国と呼ばれ、日本もふくめてアジアや南米がその範疇に入る。まるで、江戸を中心として、大名を譜代、親藩、外様に区分した徳川幕府のようだ

  EUにとって最も重要な国は、中心円のすぐ外側に位置する加盟前国だ。トルコ、アイスランド、西バルカン6か国の計8か国だが、アイルランドとトルコは加盟への興味を失っているため、実質的には、セルビア、ボスニア、マケドニア、モンテネグロ、アルバニア、コソボの6か国だ。これらの国に対しては、将来のEU加盟に備えて、民主主義、人権、法の支配というEUの普遍的価値観を普及させるため毎年2000億円近い膨大な支援を行っている。これは援助ではなく、将来の結婚のための「結納」のようなものだ。

次に、その外周に位置するのは、「近隣国」だ。近隣国は、東と南に区分される。東は、アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、グルジア、モルドバ、ウクライナの旧ソ連邦の6か国、南は、地中海沿岸国のアルジェリア、エジプト、イスラエル、ヨルダン、レバノン、リビア、モロッコ、パレスチナ、シリア、チュニジアの10か国だ。これらの国に対しても、EU加盟は想定していないものの、民主主義や市場経済の普及を通じた安定化を図ることによって、その円周の内側にある加盟国及び加盟候補国の国益を守るという観点から、年間2700億円を超える膨大な援助や支援が行われる。支援の前提となるのは、「連合協定」(Association Agreement)の締結だ。これを巡って、ウクライナでEUとロシアの綱引きが行われたのは耳に新しい。これらの援助の対象国は、イスラエルを除き、DAC統計上は開発途上国にあたるため、ODA(政府開発援助)として計上されるが、EUの考え方では、貧困削減を目的とした開発援助ではなく、近隣国の安定化によるEUの国益保護という視点が強いのだ。

さらに、ヨーロッパ的で面白いのは、近隣国の外円にある「ACP諸国」で、その基本になるのが20006月にベナンの都市コトヌーで調印された「コトヌー協定」だ。この協定には、かつてヨーロッパの植民地であったアフリカ、カリブ、南太平洋諸国79か国(ACP諸国と呼ぶ)と、EU加盟国全てが署名している。その前身である「ロメ協定」に替るものとして合意された、100条からなるこの協定は、援助や貿易に限らず、マクロ経済、政治、観光、文化、ジェンダー、環境・気候変動、テロ対策、移民など幅広い問題で、ACP諸国とEUとの協力関係を規定している。 興味深いのは、協定の条文そのものよりも、それに付属するFinancial Protocolと呼ばれる付属文書で、「EUは、ACP諸国との関係を維持するため、2008年から2013年の間に23966百万ユーロ(約33千億円)の資金援助を行う。」と記載されている。これらの巨額の資金は、EU加盟国全てがEU予算への拠出とは別に積み立てる「欧州開発基金」によって賄われる。使途は、援助プロジェクトの費用や、相手国の国家財政を直接現金で支援する「財政援助」である。このように、ACP諸国への援助は、他の開発途上国への援助とは別建ての援助になっており、かつての植民地支配に対するヨーロッパの贖罪の気持ちの表れと見られることも多い。

 以上述べたように、EUにとって、重要な国や地域の序列は、貿易統計やグローバルな外交戦略に基づいて決めているのではないようだ。EU加盟国の繁栄と安定を確保するための地域を同心円上で見るという、世界のどこにもない極めて特異な世界観だと思う。タイとウクライナを見るとそれがよく理解できるのだ。

                                  第三国
                              

JICA欧州連合首席駐在員  山本愛一郎

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「ブラッセル援助事情」は、筆者のブラッセルでの体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。

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