米国通信


このページではJICAアメリカ合衆国事務所長・山本愛一郎氏の「アメリカ援助事情」を掲載していきます。


2008年7月21日 

アメリカ援助事情 第10号 「官民連携援助における英米の違い」                                            

CSRから始まった英国の官民連携援助

今から6年前の20021月の終わり、筆者は、ロンドンのバッキンガム宮殿から道一つ隔てた隣にある英国国際開発省 (DFID=英国のODAのほぼ全てを所管する役所で、1997年のブレア政権樹立時に設立された。)の大臣室の隣の会議室に座っていた。CSR (企業の社会的責任)に関心の深かった当時のクレア・ショート開発大臣が各国の援助機関の代表約30名を集めて一席ぶったのである。「皆さん、我々援助機関がいくら開発途上国で貧困撲滅をめざしてがんばっても、民間企業の協力なくしてはうまくいきませんよ。英国のODAは増えたと言っても年間36億ポンド、英国企業の開発途上国での売上げはその30倍の900億ポンドです。いかに企業の役割が大きいか分かるでしょう。」自身アイルランド系の貧しい移民の家庭に生まれたショート大臣は、世界の貧困撲滅を政治信条にしており、当時イギリスで注目され始めたCSRを「利用」して、国際開発省が旗振り役となっているミレニアム開発目標(MDG20009月国連ミレニアムサミットで採択された11ドル以下で暮らす世界の絶対的貧困人口を2015年までに半減させる国際公約)の達成に向けて民間資金を導入しようとする意図が見て取れた。

ブラウン英首相も旗振り役

ロンドンの目抜き通りピカデリーを南に少し歩いたところにセントジェームス広場という小さな公園がある。その向かいに英国有数の国際問題シンクタンクである「王室国際問題研究所、通称「チャタムハウス」がある。国際会議のルールとしてよく使う「チャタムハウスルール」の起源にもなっている。そこに当時のゴードン・ブラウン財務相(現首相)は英国を代表する民間企業の代表者たちを招いて「London Principle for Poverty Reduction(貧困撲滅のためのロンドン原則)を打ち上げた。ブラウン氏は、経済金融通として国際的に知られた政治家であるが、スコットランド長老派教会の牧師の子に生まれたこともあり、アフリカなど貧困国への援助にも熱心だ。ブラウン氏がその日打ち出したコンセプトは、「Beyond CSR」(CSRを越える企業の取り組み)とも呼ばれ、企業はコンプライアンスとしての国際貢献ではなく、企業活動そのものに世界の貧しい国や人々を支援する活動を組み入れることにより、企業イメージのアップや新しい市場の開拓などにつなげようとする考え方だ。 

覚めた見方をする英国人も

ブラウン蔵相が「ロンドン原則」を打ち出したその日には、会場に集まった英国企業による発表も行われた。BP(英国石油) の代表が、「BPの操業先の75パーセントは、紛争国も含めた開発途上国であり、貧困削減をつうじて安定した社会を作ることが企業利益になる。」と、ブラジルや中国の事例をあげて力説した。同研究所の代表も、貧困削減をつうじて企業のマーケットが増えることや、工場に送電線を引く場合、一部の電気を住民に提供することにより企業の費用負担を軽くできたというタンザニアの事例をあげ、さかんに貧困削減のための活動が企業利益につながることを強調した。しかし、会場からは、「企業はそもそも株主の利益のために活動するので、政府から何らかのインセンティブがない限り貧困削減のために企業が投資することは難しい。」、「大企業は、地元に雇用を創出し、製品をマーケットに提供するが、問題は、貧しい人がそれにアクセスできるかだ。」などと批判的な意見も出た。しかし、それでも英国の政治家は怯まない。首相になった今でも世界の貧困撲滅やMDGの達成に執念をもやすブラウン氏は、今年56日にコカコーラ、マイクロソフト、住友化学など世界80の大企業の代表をロンドンに招いてMDGの達成に向けて協力を要請した。

このように英国における官民連携による援助は、貧困撲滅に熱心な一部の有力政治家や関係省庁が旗を振っている側面が強い。「英国で官民連携援助に熱心な企業は多国籍企業で、彼らは仕事柄海外での操業を円滑にするための手段としてやっているだけだ。」(英国政府系調達コンサルタント幹部)という覚めた見方をする人もいる。

アメリカの巨大な寄付市場とNGO

一方、英国とは似て非なる国、アメリカの実情はどうであろう。2005年の正月早々ワシントンにある当事務所にアメリカの某石油メジャーの担当者が訪れた。インドネシアの津波災害支援に1千万ドル寄付するので、JICAで何かよい支援プロジェクトをやってくれないかと言うのだ。当事務所には、世界銀行やアメリカの援助関係者が情報収集や打ち合わせに訪れることはよくあるが、こんなケースは初めてで、当時の事務所員は大変驚いた。

アメリカの企業や個人が日本人に比べて桁違いに寛大な訳ではない。実はこの背景には税金のマジックがある。日本の経済産業研究所の報告書によると、アメリカの年間寄付市場は25兆円以上で、この金が全米のNGO120万団体に流れている。アメリカのNGOは非課税団体であり、これらの団体に寄付した法人や個人はその分税控除が受けられる仕組みだ。

アメリカの所得税は高い。年収400万円くらいの人でも30パーセント近く税金を取られるため、アメリカ人は税金に敏感で、何とかして自分が払った税金を取り戻そうとするのだ。アメリカでは、サラリーマンも税務署で確定申告をして税金を取り戻す人が多い。そもそもイギリス本国からの重税に業を煮やして独立した国柄なのだ。個人でもNGOやチャリティーに寄付をした分を申告すると、その分課税所得が減り、源泉徴収されていた税金が戻ってくる可能性があるのだ。企業の場合も課税対象から免れる。大富豪や大企業になると自分でチャリティー財団を作ってそこに会社の利益を移転したほうが手っ取り早い。そのような事情なので、私財を投げ打ち国際貢献に尽力しているとして日本では評判のビル・ゲーツ氏に対しても、税金対策と名声を築くためだとアメリカ人は覚めた見方をしているようだ。

アメリカの官民連携マシン−グローバル開発同盟

アメリカ政府の援助機関である米国国際開発庁(USAID=United States Agency for International Development)は、こうした企業の献金や寄付をうまく活用するための仕組みを作りだした。これは、「グローバル開発同盟」(Global Development Alliance と呼ばれ、USAIDと民間企業がお互いに資金を出し合って発展途上国で共同プロジェクトを行う方式で、2001年に開始して以来既に500件のプロジェクトが実施されている。これまでUSAIDが拠出した資金15億ドルに対して民間からはその3倍の48億ドルが支出され、USAIDから見れば非常にレベレージの高い協力方式である。「国境を越えた官民連携が必要だ。」とのブッシュ大統領の巻頭言にはじまるUSAIDの報告書には色々な成功事例が紹介されている。連携の分野は、ビジネス開発、コミュニティー開発、技能訓練、農業、保健、平和構築と幅広い。

コンピューターの大手、シスコ社は、USAIDと共同でウガンダなど世界各国でITの技能訓練コースを運営している。コカコーラ社は、USAIDと共同でエジプト、インドネシア、ボリビアなどで衛生的な水を供給するプロプラムに参加している。きれいな水の確保は、水を原料とするコカコーラの生産にも欠かせないからだ。またスターバックス社は、USAIDと「コーヒー同盟」を結び、環境保護団体と協力して、メキシコの森林保護地区で零細コーヒー栽培農家を支援、環境保護と農家の収入向上に貢献しつつ、自社の新製品の開発にも役立てている。

以上のようにアメリカの官民連携援助は、参加企業が一方的に既存の途上国のプロジェクトに資金を出すのではなく、長期的な視点から、参加企業の利益になるプロジェクトを手がける場合が多い。さらに、ここにも税金のマジックがある。グローバル開発同盟における具体的なプロジェクトの実施はアメリカのNGOなどに委託される。そこに企業は資金提供したり、場合によっては人材や機材などを現物供与するのだ。前述のとおりこれらのNGOは非課税団体なので、出資する各企業は課税控除の対象となるのだ。

イギリスに比べてアメリカにおいて官民連携援助の実績が上がっているのは、このように長い目で見て企業利益につながる協力案件を打ち出していることと、企業の税金対策という実利的な要素に裏付けられている。「イギリス人は高い目標を掲げてそれを達成するために努力する時最も力を発揮する国民で、アメリカ人は同じことでもより効率よくやろうと努力する時最も力を発揮する国民だ。」という言葉があるが、まさに英米における官民連携援助は、この両者の違いがよく現れている典型でなないだろうか。

JICAアメリカ合衆国事務所長 山本愛一郎




写真:ワシントンのUSAID本部ビル
(提供:山本愛一郎氏)

                                                                                      

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*「アメリカ援助事情」は、筆者のアメリカでの体験とナマの情報をもとに書いてい ます。JICAの組織としての意見ではありません。
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