米国通信


このページではJICAアメリカ合衆国事務所長・山本愛一郎氏の「アメリカ援助事情」を掲載していきます。
 

2009年7月2日 

アメリカ援助事情 第17号 「英米は似て非なる国」

筆者のようにかつてイギリスに暮らした経験のある外国人がアメリカに来てみると、この2つの国が似て非なるものだということに気がつく。イギリス国教会の迫害を受けた清教徒など102名を乗せたメイフラワー号が162012月26日、現在のアメリカマサチューセッツ州プリマスの沿岸に到達した。この102人がヨーロッパからニューイングランド地方への最初の永久移民となった。いわばイギリスが宿した種からこの大きなアメリカ合衆国が誕生したのだ。しかし、アメリカ建国200年の歴史の中で、イギリスからの独立戦争とその後の発展過程の違いから、次第に両国は似て非なる国になっていったようだ。

イギリスでは聞かないアメリカの言葉

アメリカ人がよく使う言葉で、イギリスではほとんど聞くことがない言葉が2つある。それは、「England 」 と「God bless you.」 だ。アメリカ人はイギリスのことをよくイングランドと呼ぶ。 現代のイギリスは、イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランドを合わせて「連合王国」、United Kingdomと称しており、普通イギリス人は、UKまたはBritainと呼ぶ。若者は圧倒的にUKである。もし、イギリス人がイギリス全体を現す言葉としてイングランドを使うととんでもない差別主義者と非難されるだろう。例外は、サッカー、ラグビーなどスポーツで、このときばかりは、イギリス人は、対抗意識むき出しで、かつての地域ごとに分かれて、それぞれひいきのイングランドチーム、スコットランドチームなどを応援する。アメリカ人がイギリスをイングランドと呼ぶのは、おそらく最初にこの国に上陸した人たちがイングランド人であったことがまだ影響しているのだろう。ちなみに日本人もイングランド人という意味の「イングリッシュ」をもじった「イギリス」という言葉を未だに使っている。

つぎに「God bless you.」だが、これは「神がご加護をあなたに与えますように。」という宗教的な祈りだが、アメリカではまるで日常の挨拶のように多用される。大統領から道端のホームレスまで「God bless you.」だ。知らない外国人から見るとアメリカ人はなんと信心深い人たちだと思うだろう。実際アメリカ人は信心深い。歴史的にプロテスタントの影響を強く受けていることから、宗教的な規律を重んじる人が多い。妊娠中絶に反対する勢力、結婚前の禁欲を戒律とする人々、人前では決してお酒を飲まない人々、(アメリカでは野外での飲酒を法律で禁止している州もある。)などもいる。毎週日曜日に教会に通うアメリカ人はまだ多い。

宗教観念の強いアメリカ人、世俗的なイギリス人

これに対してイギリス人はどうであろうか。概してイギリス人は、アメリカ人より宗教観念が弱いように思える。「God bless you.」は、牧師が参列者に言うことがあっても、普段の英語には存在しない。イギリスでは、アメリカ人と違って毎週日曜日に教会に行く人は少ないし、若い人は、教会に行くのはイースターとクリスマスの時だけだという。北アイルランドを除けば、そもそも自分がカトリックかプロテスタントかという意識もあまりないようだ。これは、多民族、多文化主義を取るイギリス政府の政策によるところも大きいが、16世紀初頭、6人の妻を持ち専制君主として名高いヘンリー8世がローマ教皇から離婚の承認を得られないことに腹を立て、英国からカトリックを廃し、英国国教会を設立したことを見ても分かるように、イギリス人は宗教をプラグマティックに捉える傾向が強いようだ。映画「ダビンチ・コード」に登場する、イエス・キリストが妻をめとって子供まで作っていたという事実をつきとめ、キリストを神格化するローマ教皇の逆鱗に触れたテンプル騎士団の本拠地がロンドンにあったという事実もうなずけるような気がする。

イギリス人の紅茶とアメリカ人のコーヒー

もうひとつ、英米の文化の違いを感じるのは紅茶だ。イギリスでは、今でも紅茶が一般的によく飲まれる。若い人の間ではコーヒーも飲まれるが、やはり一般家庭やオフィスでの基本は紅茶だ。イギリス人夫婦は、朝起きるとベッドの上でミルクたっぷりのモーニング・ティーを飲む。ちなみに、この時お茶を作るのは夫の仕事だそうだ。朝食は勿論紅茶、オフィスでも1日最低2回は紅茶を飲む。筆者もロンドン駐在時代は、イギリスの役所やシンクタンクを訪問するときは、かならずティータイムの朝10時や午後3時を狙って訪問したものだ。美味しい紅茶と運がよければクロテットクリームたっぷりのスコーンをいだだけ、話も弾むからだ。一方アメリカはどうだろう。世の中には美味しい紅茶が一杯あるというのに、アメリカ人はアメリカのまずいコーヒーばっかり飲んでいる。アメリカ人が紅茶よりコーヒーを好む理由は歴史的なものがあるのだろう。それはボストン茶会事件だ。1773年12月16日ボストンで、イギリス本国議会の植民地政策に憤慨した植民地人の組織が、アメリカ・インディアンに扮装して、港に停泊中のイギリス船に侵入、イギリス東インド会社の船荷の紅茶箱をボストン湾に投棄した事件で、アメリカ独立革命の象徴的事件である。これ以降紅茶はアメリカ人にとってイギリスの不当な支配の象徴になったのであろう。ちなみに最近リニューアル・オープンしたワシントンのアメリカ歴史博物館に行ってみると、この時のアメリカ人の紅茶商人とイギリス人の総督との間の激しいやりとりを人形劇にして上演している。紅茶商人は言う。「紅茶の取引を自分の会社に独占指名してくれることはありがたいが、イギリス議会が一方的にその取引に税金をかけることは許さない。殖民地のアメリカ人は本国の議会に代表者を送っていないのだから、議会の決定は不当だ。」アメリカ独立戦争のきっかけにもなった「代表権なくして課税なし。」の原点が紅茶なのだ。だからアメリカ人は紅茶を好まないのだろう。別に紅茶よりコーヒーがおいしいと思っているわけではないのである。

アメリカ人の対英観とイギリス人の対米観

では、一般にアメリカ人(イギリスからの移民を祖先に持つアメリカ人)は、イギリスをどう見ているのだろうか。「ハリーポッター第一話」で、主人公ハリーがホグワーツ魔法学校に旅立つ駅の舞台にもなったロンドンのキングス・クロス駅から汽車に乗って北東に2時間半ほど行ったところにボストンという小さな港町がある。綴りはアメリカのボストンと同じだ。以前家族でここの近くのB&B(朝食つきの民宿のようなものでイギリスでは旅行者がよく利用する。)に泊まった時、宿の主人に聞いたところ、夏場は自分たちのルーツ探しのために訪れるアメリカ人旅行客で一杯になるという話だった。実はこのイギリスのボストンからも清教徒たちが新天地を求めてアメリカ大陸に渡ったのである。そして恐らくたどり着いたアメリカの地もボストンと名づけたのであろう。北海道に広島という町があるのと同様の理由だ。町の郊外には、記念碑も立てられており、アメリカ人旅行客はまずここを訪れ、地元のボランティア団体の協力を得て、自分たちの苗字や先祖の出身地区の名前などを手がかりにしてルーツ探しをするそうだ。 

このようにアメリカ人は独立後もイギリスを意識し、今やイギリスをはるかに凌ぐ世界一の大国になったにもかかわらず、どこかイギリスを慕うところがあるようだ。逆にイギリス人は、アメリカに対して歴史的な優越感を今でも持っている。こんなエピソードがある。2000年の大統領選挙で、フロリダ州での投票用紙の再集計のゴタゴタの結果、連邦最高裁の再集計打ち切り判決でブッシュ氏の当選が決まったとき、当時イギリスでは、「アメリカ人はまだ民主主義がわかっていない。独立は取り消しだ。」というジョークが流行った。

新しい英米関係

しかし、このようなアメリカ人のイギリス観を打ち破る事態が発生した。今年の4月、オバマ大統領がG20に参加するためロンドンを訪問した際、ミッシェル大統領夫人がオバマ大統領とともにエリザベス女王主催の茶会に招待され、長身のミッシェル夫人がエリザベス女王の背中に腕を添えて、友達のように歓談している様子が全米にテレビ放映されたときだ。これには、女王にたいして失礼ではないかとの声もあったようだが、概ねアメリカの視聴者は好感を持ったようだ。イギリス系移民を祖先に持つ大統領夫人なら慣例により間違いなく女王の前で腰を落とし、方ひざを曲げ、女王の手にキスをしたであろう。アフリカ系アメリカ人であるミッシェル大統領夫人が、アメリカ人のもつイギリス・コンプレックスに終止符を打ったのである。

JICAアメリカ合衆国 事務所長 山本愛一郎

 

メリカ歴史博物館の人形劇:紅茶商人の奥さんが
怒りのあまりイギリス人総督にティーポットをひっくり返しているシーン(筆者撮影)

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