2009年9月10日 アメリカ援助事情第19号「アメリカ議会による援助改革の行方」 冷夏だった今年のワシントンだが、9月に入り秋の気配が忍び寄ってきた。夏休み明けの議会も今週から再開され、各種法案の審議が開始された。中でも最大の事案は、「健康保険改革法案」だ。先進国で珍しく、アメリカには政府管掌の健康保険が存在しない。会社や個人で民間の医療保険に加入する仕組みだ。アメリカ人の中には、「自分の健康は自分で守り、政府の世話にはならない。」という考えの人も多く、これまで健康保険に関する改革は全て頓挫してきた。全米で5000万人を超える無保険の貧しい人を救おうとするオバマ大統領は、政治生命をかけて、この法案を推進している。 このように全米の注目を受けている法案の影で、あまり目立たないが、援助関係者には関心の高いのが「外国援助改革法案」だ。現在、上院、下院両方からアメリカの外国援助の見直しと体制強化に関する法案が提出され、今秋の議会で審議される予定だ。2007年10月にワシントンに着任して以来、アメリカの援助改革の議論をウォッチしてきた筆者は、去る9月9日、援助改革の旗頭となっているバーマン下院外交委員長とケリー上院外交委員長の政策スタッフに面会し、法案の行方を聞いてみた。
アメリカでは、ヨーロッパや日本に比べて、援助に対する議会の監視と関与の度合いが強く、援助改革の動きも議会が中心的な役割を担っている。「米議会における援助改革の議論は、1981年、89年、94年と過去3回あったが、援助の議論は複雑かつ広範囲なため、家族計画・人工中絶問題など個別の政治的、宗教的な論点が浮き彫りになり、各議員の意見がなかなかまとまらず、いずれの場合も頓挫してきた。今回の援助改革の背景には、イラク、アフガニスタンにおいて民生の安定のための開発援助の必要性が強く認識されていることが推進力になっている。」とオルバウム・バーマン下院外交委員長上級政策スタッフは言う。バーマン委員長が中心になって、賛同する議員に働きかけている下院の援助改革法案の基本認識は、現在のアメリカの外国援助の根拠となっている「1961年外国援助法」が冷戦時代に制定された法律で、援助の目的を140も定めており、しかもその優先順位が明確でなく、テロ、気候変動、核拡散、脆弱国家、感染症など国境を越えた21世紀の課題に対応できないということだ。新しい法案のコンセプトは、援助の目的を、@貧困削減 A平和構築 B人権と民主主義の擁護 C戦略的パートナーシップの構築 Dテロ、核拡散など国境を越えた脅威との戦い E世界規模の環境保全 F貿易と投資を通じた繁栄の拡大 の7つに絞込み、そのため実施機関であるUSAID(米国国際開発庁)の長官を大統領の諮問機関である国家安全保障委員会のメンバーとし、アメリカの開発援助全般に関して政策形成と調整機能を持たせることにより、USAIDがアメリカのグローバル開発のリーダーシップを取れるようにすることが狙いである。
アメリカには伝統的に3Dという議論がある。防衛(Defense)、外交(Diplomacy)、開発(Development)をいかに行使してアメリカのグローバルリーダ一シップを確保するかという議論だ。ブッシュ政権では、「防衛」が第一番目で、次に「開発」、「外交」の順だった。ソフトパワーの信奉者であるオバマ大統領は、「外交」を第一にあげ、次に「開発」、「防衛」を対等に置いているように思える。いずれにしても「開発」は「外交」または「防衛」の手段である。 これに対して、下院の援助改革法案の基本は、援助の目的の第一に貧困削減を挙げ、「開発」の位置づけを「外交」、「防衛」と対等のものにしようとする考えが読み取れる。 一方、上院の改革法案は、援助の目的という根本論にはあまり触れず、USAIDの機能強化や援助評価の充実という機能論から入っている。アメリカでは、同じテーマで両院から法案が提出された場合、コンパニオン法案を呼ばれ、仮に両法案が各院を通過しても、両院協議会で議論を行い、法律を一本化しなければならない。こうなった場合、下院の法案が援助改革を「深堀」しているため、上院の法案との妥協点を探るのが難しいのではないかと推測される。今後とも両法案の行方には目を離せない。
JICAアメリカ合衆国事務所長 山本愛一郎
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