米国通信


このページではJICAアメリカ合衆国事務所長・山本愛一郎氏の「アメリカ援助事情」を掲載していきます。
 

2007年11月11日 

アメリカ援助事情 第2号 「妊娠中絶と援助」


今年のワシントンDCの秋は暖かい日が続いたが、11月に入って急に寒さが増してきた。 しかし、米国議会のあるキャピトルヒルでは2008年度政府予算をめぐる予算審議が熱気を帯びている。米国では、予算案はまず下院に提出されるが、上院と下院の両方で多数を占める民主党とブッシュ大統領を擁立する共和党との駆け引きが続き、現在のところ12の予算案のうち成立したのは1案のみという状況である。特に、イラクの戦費、国民健康保険、農業補助金などは政治案件となっており、ブッシュ大統領の拒否権発動の動きともあいまって、未だに決着を見ていない。

外国援助予算については、通常は国内問題と比べあまり大きな論争にはならないのだが、ひとつだけ例外がある、それは妊娠中絶問題である。保守的なキリスト教価値観に強く影響されているブッシュ大統領は、妊娠中絶に反対しており、人工妊娠中絶に関する援助を行う団体やNGOに対して米国政府は資金援助しないという方針を貫いている。この方針は、グローバルギャグ ルール(口封じの世界ルール)と呼ばれ、1984年メキシコシティーで開催された国連人口会議で 当時のレーガン大統領(共和党)が発表したことから「メキシコシティー政策」とも呼ばれている。  

10月の終わり、外国援助予算を審議している米下院外交委員会が、この問題に関する公聴会を開催、筆者も傍聴させてもらった。(米国では、議会の委員会や公聴会は、原則誰でも傍聴できる。)公聴会には、中絶容認派、反対派双方の有識者や研究者が招聘された。 ケニアの産婦人科医、ナイジェリアの保健専門家も証人として発言した。中絶容認派、 中絶反対派の論点は概ね以下のとおりである。

容認派:途上国では、社会風習の問題や家族計画の概念が十分普及していないため、望まない妊娠をする女性が多い。その際安全な中絶ができるよう援助しなければ、生命に危険を及ぼす。また、同政策により、家族計画を実施しているNGOへのアメリカの資金が止まったことにより、活動全般が縮小し、女性の健康に悪影響を及ぼしている。

反対派:胎児は人間であり、中絶は殺人である。米国が援助をカットしたのは妊娠中絶を推進しているNGOであって、その他団体への援助は増えており、家族計画は推進され、「メキシコシティー政策」の結果、妊娠中絶の件数は減っている。  

双方の議論を聞いていると、容認派が途上国の現実を踏まえた現実的な議論を展開するにのに対し、反対派は宗教的価値観に基づいた理念が根底にあるように思える。政治的に見ると、民主党の議員には容認派が多く、現にクリントン政権時代には、この「メキシコシティー政策」は廃止されていた。一方現在のブッシュ政権の支持基盤となっている宗教心が強い保守層は中絶反対派であることから共和党議員は反対の立場をとる人が多い。  

しかし、外国人の目から見ると、そもそもアメリカ国内では中絶が合法化されているのに、なぜ海外援助にだけこのような議論が展開されるのか、アメリカのダブルスタンダードを見るような気がする。

JICAアメリカ合衆国 事務所長 山本愛一郎
 

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「アメリカ援助事情」は、筆者のアメリカでの体験とナマの情報をもとに書いてい ます。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載 される場合は、事前に御一報願います。


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