米国通信

米国通信


このページではJICAアメリカ合衆国事務所長・山本愛一郎氏の「アメリカ援助事情」を掲載していきます。


2008年5月8日 

アメリカ援助事情 第8号  「苦悩するワシントンの国際金融機関」

ワシントンはアメリカの政治の中心都市であることは万人が知っているが、ここにはもうひとつの顔がある。それは、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、米州開発銀行(IDB)など国際金融機関が集まる金融都市としての顔である。ニューヨークには民間銀行や証券会社などが集中するが、当地にあるこれら3銀行は主としてソブリンという開発途上国政府に対する貸付を生業としている。IMFと世界銀行は、1945年のブレトン・ウッズ協定に基づき、前者は為替相場の安定や加盟国の国際収支の安定のための短期融資、後者は、設立時は、第二次大戦の戦災国の復興、現在では広く開発途上国の開発支援のための長期的融資を行っている。また、IDBは、開発途上にある中南米諸国の経済社会発展のための融資を行う地域開発金融機関で1959年に設立された。

今これらの銀行は共通の悩みを抱えている。それは「借り手離れ」による収益の悪化である。銀行が収益を上げるには、債券の発行や外部からの借り入れにより調達した資金をより高い金利で貸付、その利鞘を稼ぐのが基本で、返済されるより多くのお金を貸し付けなければ赤字になる。借りてくれる政府がなければその存在意義すら問われかねない。

先月IMFの職員の20パーセントにあたる500名近い職員が早期退職に応じIMFを去ると言うニュースがワシントンを駆けめぐった。1980年代の債務危機や1997年の通貨危機の時には大活躍したIMFだが、一次産品や資源価格の高騰もあり、この5年間の開発途上国の経済成長は平均7パーセントと好調で各国の外貨準備高も増えている。中国は、2500億度ドル近い黒字をため込み、かつては赤字国であったチリやアルゼンチンまでもが黒字国に転じている。貿易収支の赤字を補うためにIMFから融資を受ける国が減り、現在ではかつての7分の1の貸付額になってしまった。ブラジルやアルゼンチンはIMFからこれまで借りていたお金を一括返済したそうだ。

職員1万人を擁し、年間2兆4千億円を開発途上国に貸し付ける世界銀行も、その稼ぎ頭である国際復興開発銀行(IBRD=中所得国に対して市中金利に近い条件で貸し付ける)の融資に陰りが見え始めた。2007年の世界銀行の収支報告書によれば、IBRDの貸付残高は、2006年の100,221百万ドルから2007年は約5,000百万ドル減の95,433百万ドルに低下している。その分金利収入が減っていることになる。その理由は、同じく「借り手離れ」である。1980年代から90年代にかけてインフラ投資や経済開発のための資金不足に困っていた多くの開発途上国は世界銀行の融資に頼った。しかし、最近では、中国やインドなどの新興援助国やアラブの産油国などが出資する新しい金融機関が世銀より迅速で簡便な手続きでお金を貸し始めたことも大きい。ゼーリック世銀総裁も昨年10月のIMF世銀総会で発表した6つの戦略テーマのひとつに中所得国向けの貸付を増やすことをあげ、手続きの迅速化、金利の削減、魅力ある金融商品の開発に努力しているが、今後とも厳しい競争にさらされることは間違いない。一方IDBも、民間銀行などとの競合により「借り手離れ」が起きていることから、2年前から人員削減(250ポストを削減)、海外現地事務所強化、事業の柔軟化と迅速化などの改革を推進している。IDBの場合は、IMFや世銀(IBRD)とは違い、政府だけでなく民間企業にも貸付が出できる制度になっており、民間部門への貸付を増やすことによって収益を上げようとする作戦にでた結果、IDBの貸付そのものは、インフラや民間部門を中心に2007年は89億ドルと、2006年の67億ドルを大きく上回った。しかしこのやり方には批判もでている。先月マイアミで開催された同銀行の年次総会では、融資実績を増やそうとするあまり民間銀行との競合するのはいかがなものかという声や、地域の公的融資機関として、貧困対策や気候変動など地域公共財に特化すべきとの意見も加盟国から出された。また同銀行のコロンビアの炭鉱への融資が環境問題の観点からアメリカのマスコミに批判されている。

このように、これら3銀行は、公的機関としての使命を全うしながら、銀行として収益をいかに確保するかと言う難しい問題に頭を抱えている。確固とした解決策はまだ見えない。

                                                    JICAアメリカ合衆国事務所長 山本愛一郎

 


新緑がまぶしい世界銀行本部前の小さな公園

(写真提供:山本愛一郎氏)

<<前の記事 次の記事>>


*
「アメリカ援助事情」は、筆者のアメリカでの体験とナマの情報をもとに書いてい ます。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載 される場合は、事前に御一報願います。
 

Copyright (c) 2010 GRIPS Development Forum.  All rights reserved. 
〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1  GRIPS開発フォーラム Tel: 03-6439-6337  Fax: 03-6439-6010 E-mail: forum@grips.ac.jp