ブラッセル通信


このページでは、現在JICA欧州連合首席駐在員である山本愛一郎氏の「ブラッセル援助事情」を掲載していきます。


2013年9月30日     
 

ブラッセル援助事情No.16 「 教育のマクドナルド化がいいのか?教育援助の価値の計り方」
 

 今年のジュネーブの秋は暖かい。9月末だというのに、レマン湖に突き出した埠頭では、日光浴や水遊びをする人がいる。その湖の畔に。歴史あるスイス国際開発大学院がある。そこの教室を借りで、教育援助ネットワーク会議が開催された。通称ノラッグと呼ばれるこの会議は、エジンバラ大学名誉教授のケネス・キング氏が立ち上げた教育分野の援助に携わる専門家のネットワークで、優れた学術研究や学会の開催で有名である。筆者は、教育の専門家ではないが、キング教授の古い友人ということで、特別に招待してもらった。

 今回の会合のテーマは、「教育開発のためのデータ革命」で、ヨーロッパ、アメリカ、中国などから約50名の専門家が集まった。背景にあるのは、5月に発表されたポスト2015年開発目標に関する諮問グループ(キャメロン英首相、ユドヨノ・インドネシア大統領、サーリーフ・リベリア大統領を共同議長とし,国連加盟国政府,民間セクター,学識者,市民社会活動家らから選ばれた27名のパネル)が発表した報告書で、そこには、貧困削減のさらなる推進のためには、政策決定に必要な科学的なデータをもっと集めるシステムを構築するための「新データ革命」の必要性が提起されている。

 教育援助の分野では、長年その成果に関するデータの計測の必要性が議論されてきた。教育に関する援助と言えば、校舎や教室の建設、教科書の配布、給食の供給、教員訓練などが中心だが、これまでは、教室をいくつ造ったか、教科書を何冊配ったか、教師を何人訓練したかという、援助のアウトプットに基づくデータが中心だった。問題はそれによって生徒の学力がどれくらい向上したかということで、そのデータを取って分析すべきではないかというのが大きな課題になっている。

 これを成果重視のデータ分析というが、この火付け役となったのは、英国のVFMという考え方だ。ラジオ放送の話ではない。VFMとは、Value for Moneyの略で、保守党政権下の英国では、政府は、政治家や国民に対して、1ポンドの税金がどのように使われ、どのような成果を上げているかをすべての英国の援助について説明しなけばならない。

 今回の会議では、議論はこの点に集中した。まず教育援助の成果を計測するためには、生徒に画一的なアチーブメントテストをする必要がある。これに対して、アメリカの専門家は、教育のマクドナルド化が進み、生徒の個性が失われるのではないかと、心配した。筆者も、かつての日本の職業訓練援助で、受講生は技術だけでなく、日本人の規律や整理整頓の仕方など精神面を会得したことが就職先の評価につながった例をあげ、教育は学力向上も大切だが、そのプロセスから学ぶ見えない成果も重要だと主張した。イギリスの専門家は、成果重視のデータを活用し、より必要な国や学校に援助が重点配分されることが重要だという意見だ。中国の専門家はどちらにつくか興味があったが、香港中文大学から来たという彼は終始無言だった。

 この日の結論は以下のとおりだ。「VFMの考え方に基づき、教育援助には成果に関するデータの収集と分析が不可欠だが、その際、援助する側に立った評価ではなく、生徒や受益国政府の立場に立った評価が重要だ、データの収集は短期的なものではなく、長期にわたって行うべきだ、学力など見える成果だけでなく、見えない絵成果にも配慮する必要がある。」

 思い起こしてみれば、教育に対する援助は、1980年代は高等技術教育や職業訓練教育が中心だったが、1990年代に、「万人のための教育」という」概念が強くなり人権としての初等教育に援助の重点が置かれた。ここにきて、教育が生み出す成果をお金の価値で計るという考方に再シフトしている感がある。教育援助に対する思想の再転換期を迎えているような気がする。

JICA欧州連合首席駐在員  山本愛一郎

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「ブラッセル援助事情」は、筆者のブラッセルでの体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。

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