ブラッセル援助事情No.17
2009年10月のギリシャの政権交代による国家財政の粉飾決算の暴露から始まったヨーロ圏の金融危機は、その後、信用危機から経済危機へと連鎖し、経済への不安が非ユーロ圏を含むEU全体に広がった。この間、EU各国の政治指導者や金融政策担当者らの努力の甲斐もあり、最近はいくつかの国で経済が回復し、金融危機も少し落ち着きを見せてきた。 この会議は、日本ではあまり報道されていないが、毎年一回EUの首脳、政治家、民間企業、労働組合、マスコミなどの幹部が集う非公式、非公開の円卓会議だ。今年のテーマは、「ヨーロッパの国際影響力と自信の回復」だ。現在の厳しい状況をなんとか乗り越えてヨーロッパの復権を果たそうとするメッセージが込められている。ファン・ロン・プイ欧州理事会議長以下100名以上の参加者が宮殿の国際会議場に所狭しと配置された二重の巨大な円卓を囲んだ。この会議を主催するのは、筆者が席を置くEU関係のシンクタンク「フレンズ・オブ・ヨーロッパ」だ。日本から出席したのは、塩尻孝二郎欧州連合日本政府代表部大使と筆者の2名だ。 午前のセッションに参加したファン・ロン・プイ議長は、「EU加盟国の平均経済成長率がは上昇している。もやはG8でユーロ圏がやり玉にあげられることもなくなった。若者の失業対策のための保障制度も導入された。これからは、市民と国家が助けあって成長と雇用増大を目指そう。EU加盟国内での格差、所謂南北問題は、連帯と責任の精神で解決できる。加盟国同士がお互いを責めるのはやめよう。」と前向きのスピーチを行った。 これに対して、「現在ヨーロッパでは、企業向け貸し出し金利が上昇し、設備投資が鈍り、失業率が上昇しており、北の過剰貯蓄を南への投資に向け欧州全体の経済を活性化しなければ、日本の失われた10年と同じ状況になるだろう。」と、IMF幹部は同調しない。「ヨーロッパのインフラ、交通システム、エネルギー供給は、崩壊しつつある。強力な政治的リーダーシップでこれらを解決しなければ、各国市民のEU不信の声(euroskeptism)が、EU敵視の声(eurohostile)に変わっていくだとう。」(ロンドン経済大学教授)と手厳しい意見も出た。 欧州の国際影響力の回復に関しては、冒頭あいさつに立ったEU理事会の輪番議長国リトアニアのリンケヴィシウス外務大臣が、「アメリカのオバマ政権が民主主義のパラドックスに陥り、世界での影響力が低下している中で、欧州はグローバルな問題にもっと関与していくべきだ。」と口火を切った。 しかし、肝心の欧州議会議員の中からは、これをサポートする意見は出なかった。かろうじて、EUの外務省の役割を果たす「欧州対外行動庁」(EEAS)の参加者から、「援助を行う時にEU内の財政危機を言い訳にしてはならない。」という意見が出たものの、全体としては盛り上がりに欠いた。やはり欧州各国の内政問題がひっかかっているのだろう。 この会議に参加していたのは、ヨーロッパ人ばかりではない。日本、マレイシア、中国オーストラリアからも出席していた。ヨーロッパにもっと外向きの役割を期待するアジア外交団を代表して、塩尻大使が、「欧州は、そのソフトパワー、スマートパワーにもっと自信をもって、グローバルに展開してほしい。日本もそれを後押しするし、アジア各国もそれを望んでいる。」とエールを送った。 金融危機からの脱却と、経済成長、雇用増大という宿題を抱えながら、やはり国内の財政問題や健康保険問題で内向きになっているアメリカの国際影響力の低下を補わなければならないという課題に直面するEUとヨーロッパ、彼らがいずれはこの困難な二つの課題を解決し、欧州のルネッサンスを再び起こすことをすることを期待したい。 JICA欧州連合首席駐在員 山本愛一郎 |
*「ブラッセル援助事情」は、筆者のブラッセルでの体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。 |