ブラッセル通信


このページでは、現在JICA欧州連合首席駐在員である山本愛一郎氏の「ブラッセル援助事情」を掲載していきます。


2013年10月31日     
 

ブラッセル援助事情No.18 「拡大する未確認政治物体〜EU
 

EUは、欧州委員会、EU理事会、欧州議会、欧州理事会、欧州司法裁判所の5権からなる政治体だが、これらの関係を定めるルールや力関係が常に変わるため、非常にわかりにくい。これを元欧州委員会議長のジャック・ドロール氏は、UFOをもじってUPO (Unidentified Political Object: 未確認政治物体)と名付けた。

さらにEUをわかりにくくするのは、その拡大政策(EU enlargement policy)により加盟国が徐々に増えていくことだ。フランス、ドイツ(西独)、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグの原加盟国6か国に、次々と新規加盟国が加わり、現在では、旧東欧諸国を含む27か国に加え、本年7月より、バルカン地域初の加盟国としてクロアチアが加盟したため、28か国の大所帯だ。さらに。トルコ、アイスランド、モンテネグロ、マケドニア、セルビア、アルバニア、ボスニア・ヘルツゴビナ、コソボの8か国がウエーティング・リストに載っている。

ウエーティング・リストと言っても、飛行機とは違い、簡単には乗せてもらえない。まず加盟候補国(EUから見れば拡大対象国)になるためには、@民主主義、法の支配、人権、マイノリティの尊重と保護を確保する安定した体制を有していること、AEU内における経済的な競争力と市場原理に耐えうる能力を有していること.に加え、市場経済が機能していること、B政治同盟、経済同盟、通貨同盟としての目的を遵守するなどの、加盟国としての義務を負うことができることの3つの基準、所謂コペンハーゲン基準をクリアしなければならない。最初からハードルは高いのだ。

かと言ってそこはヨーロッパ人だ。ただ待っているわけではない。加盟の意思表明をし、EUと協定を結んだ国には、加盟前支援インストラメント(Instrument for Pre-Accession)という予算を使って、これらの基準を満たすための、技術支援、資金協力、人材育成などの援助を行う。EUに加盟したければ、民主主義、人権、法の支配というEU共通の価値観に基づき、国の体質を変えなさいというヨーロッパ人得意のアメとムチの政策だ。現在、このコペンハーゲン基準を満たして、ようやく正式に加盟候補国の地位を獲得したのは、前述の8か国のうち、トルコ、アイスランド、モンテネグロ、マケドニア、セルビアの5か国だ。

しかし、まだまだ試練は続く。加盟候補国になった国は、EUとの間で加盟交渉を開始するのだが、アキと呼ばれる35章、2万を超えるEUの既存の法体系は、加盟国の法律の上位規定に位置づけられるため。加盟候補国は、加盟前に国内法規や行政システムをこれに合わせなければならない。何年もかかる作業だ。

欧州委員会では、これら候補国の加盟に向けた各国の改革状況を審査し、毎年10月にその結果をEU理事会及び欧州議会に勧告する。今年の1016日に発表された報告書を読むと、昨年より前向きな姿勢が目立つ。まず、国内の人権問題で3年間交渉が凍結されていたトルコについて、交渉再開を勧告した。(後にEU理事会が交渉再開を決定。) また、セルビアとコソボの間で関係修復が図られたことで、これら2 か国との加盟交渉の加速化も提言している。

このように欧州委員会は、EU拡大に比較的前向きだが、欧州行政研修所の専門家ウオルフガング・ケス氏によれば、最終決定は、現加盟国の全会一致での承認が必要なため、各加盟国の政治的思惑もあり、最終的に新規加盟が決定するためには、さらに長い年月の交渉が必要になってくるとのことだ。

EU加盟への道筋は、困難で長い。しかし、EUに加盟したいという候補国の意思がそれらの国の体質を変えていく、EUプロジェクトは加盟前から始まるのだ。そのためにはEUは、常に魅力的でなければならない。そのため、現加盟国は、困難を乗り越える努力をしなければならない。EUは拡大することによってパワーをもらっているのだ。これからもEUは未確認政治物体であり続けるだろう。

JICA欧州連合首席駐在員  山本愛一郎

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「ブラッセル援助事情」は、筆者のブラッセルでの体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。

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