ブラッセル通信


このページでは、現在JICA欧州連合首席駐在員である山本愛一郎氏の「ブラッセル援助事情」を掲載していきます。


2013年11月22日     
 

ブラッセル援助事情No.19 「野に咲く花はどこへ行った〜欧州で消えゆくワシントン・コンセンサス」
 

 「野に咲く花はどこへ行った」は、1960年代、PPMの大ヒット曲だが、今欧州では、「ワシントン・コンセンサスはどこへ行った」と口ずさみたくなることが起きている。

 「ワシントン・コンセンサス」とは、新古典派経済学理論を共通の基盤として、米政府IMF世界銀行などの国際機関が発展途上国へ勧告する政策総称で、米財務省上記の国際機関、さらに著名シンクタンクが米国の首都にあることから名付けられた。市場原理を重視するところに特徴がある。貿易投資の自由化、公的部門の民営化、政府介入極小化すること、通貨危機に対しては財政緊縮金融引き締めを提言する。( 石見徹 東京大学教授 )

 筆者も1980年代、JICAでケニアの輸出振興プロジェクトを担当していたころ、ナイロビの世銀事務所に呼びつけられ、「輸出は、市場の規制を取り払い、為替の自由化を行い、市場原理に任せれば自然に増えるもので、JICAなどの公的援助機関が介入するのはけしからん。」と言われた苦い思い出がある。

 このように市場原理至上主義の立場からは、公的資金を使って民間の活動を支援することはタブーと考えられてきたのだが、近年EUを中心とした欧州の援助の考え方は、これとは逆で、民間資金にODAなどの公的資金を加えて、より多くの資金を途上国開発のために調達すべきという、所謂「ブレンディング」というコンセプトが流行している。

 グローバル化が進む中で、世界が抱える問題は、複雑かつ深刻になっている。問題は、これらを解決するための資金不足だ。アメリカや欧州も緊縮財政の中で、公的資金での対応には限界がある。現行のミレニアム開発目標(MDG)は、保健や教育など、社会セクターが中心だったので、なんとかODAで賄ってきたが、環境、エネルギー問題なども視野に入れた2015年以降の開発目標(ポストMDG)の設定にあたっては、ODAだけでなく、民間セクターや大規模なチャリティー財団からの資金調達が必要になってくる。それがブレンディングという発想の原点なのだ。

EU加盟国もイギリス等いくつかの国を除き、フランスやドイツなど多くの国がブレンディング賛成論者だ。特にドイツやフランスは、自国内に巨大な開発金融機関を持っており、これらの機関にEUのもつ公的資金が流れることによって、より大きな案件に融資ができるうまみがある。また、これによって、欧州の民間企業が有利にプロジェクトを受注することができる。

 「ワシントン・コンセンサス」という言葉はブラッセルではもう聞かない。いかに途上国開発に官民が連携するかという声ばかりである。しかし、ここにきて、異論が出てきた。途上国の債務問題をウオッチする欧州のNGOの集まりであるEURODADという団体が、「危険な欧州ブレンド」という報告書を発表した。よく読むと、
@ドナーがODA減らしの言い訳に使っている、A貧困削減へのインパクトが不明、B大規模案件に集中し、環境破壊など負のインパクトが心配、C民間の資金は動員されず、結局、欧州投資銀行、ドイツ復興開発銀行、フランス開発銀行など欧州の公的金融機関が得をするだけ、D案件形成のプロセスや意思決定が不透明、EEUから拠出される技術協力のための資金は、相手国のキャパビルより欧州の金融機関側の案件形成資金に使われている、F将来の債務膨張が心配など、どれもデータに基づく批判で、かつての「ワシントン・コンセンサス」を知る者にはうなずくことばかりだ。

 「ワシントン・コンセンサス」か「ブラッセル・コンセンサス」か、どちらに軍配を上げるという趣旨でもなさそうだ。要は、途上国が抱える問題を効果的に解決するためには、ODA資金と民間資金双方に役割があるわけで、それらをどう調整するかというグローバル・ガバナンスが必要な時代に入っているのだ。野に咲く花もまだ必要なのだ。

JICA欧州連合首席駐在員  山本愛一郎  

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「ブラッセル援助事情」は、筆者のブラッセルでの体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。

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