ブラッセル通信


このページでは、現在JICA欧州連合首席駐在員である山本愛一郎氏の「ブラッセル援助事情」を掲載していきます。


2012年10月1日   

ブラッセル援助事情No.4 「欧州の歴史問題とその対応〜コトヌー協定とACP諸国」
 

先月から続く中国内の反日暴動もようやく収まる兆しだが、今度は歴史問題が再燃することが懸念されている。

歴史問題と言えば、ヨーロッパもかつての植民地支配や奴隷貿易に根ざす問題を抱えているが、ヨーロッパ人は、この問題に対して極めてヨーロッパ人らしいやり方で対応してきた。まず、歴史問題をフランスやイギリスなど一国の問題にせず、EU全体で対処し、そして、賠償や補償などの一時的なものではなく、相互の行動を20年という長期に渡って法的に拘束する形で、かつての植民地であった国々と欧州が相互に発展するための未来志向の行動を取ったのである。

その基本になるのが20006月にベナンの都市コトヌーで調印された「コトヌー協定」だ。この協定には、かつてヨーロッパの植民地であったアフリカ、カリブ、南太平洋諸国79か国(ACP諸国と呼ぶ)と、EUそして27EU加盟国全てが署名している。その前身である「ロメ協定」に替るものとして合意された、100条からなるこの協定は、援助や貿易に限らず、マクロ経済、政治、観光、文化、ジェンダー、環境・気候変動、テロ対策、移民など幅広い問題で、ACP諸国とEUとの協力関係を規定している。

興味深いのは、協定の条文そのものよりも、それに付属する2つの文書である。一つは、Financial Protocolと呼ばれる付属文書で、「EUは、ACP諸国との関係を維持するため、2008年から2013年の間に23966百万ユーロ(約24千億円)の資金援助を行う。」と記載されている。これらの巨額の資金は、イギリス、フランス、ドイツ、スペインなどEU加盟国全てがEU予算への拠出とは別に積み立てる「欧州開発基金」によって賄われる。使途は、援助プロジェクトの費用や、相手国の国家財政を直接現金で支援する「財政援助」である。さらに、この資金の一部は、ACP諸国の政府から代表として、ブラッセルに駐在する外交官の活動費用にも充てられるようだ。したがって、ACP諸国への利益は図りしれない。

しかし、そこはしたたかなヨーロッパ人である。このような巨額の資金援助と引き替えに、もうひとつの付属書の「Political Dialogue as regards Human Rights…」には、「人権、民主主義、法の支配に関して、EUACP諸国は、協定の趣旨にのっとって協議しなければならない。」と規定されており、EUは、この規定を盾にして、人権問題などへの介入を合法的に行うことができる。実際に、ケニア、ルワンダ、エチオピアなどでこの規定が行使されたそうだ。

このように「コトヌー協定」は、ヨーロッパと旧植民地諸国との関係を良好に保つための有効な枠組みであったが、ここにきて、欧州金融危機のあおりを受け、EU内でも不協和音が出だした。折しも2014年から2020年までのEU7か年予算の審議の中で、財政緊縮を求めるドイツなど植民地をあまり持たなかった国からは、「ACP諸国だけ別枠で資金援助するのはいかがなものか。」、「EUの正規の援助予算の中で、その他の途上国と同様に扱うべきだ。」、「アフリカ、カリブ、南太平洋諸国の3地域は何のつながりもなく、過去の植民地のレガシーだけでくくるのはもう時代遅れではないか。」という意見が出はじめた。

これらの声に対して、受益者であるACP諸国は、既得権益の保持の観点もあり、危機感を募らせている。英国政府の委託を受けて、この問題に関する調査報告書を作成中のロンドンのシンクタンク、「海外開発研究所」のミカエラ・ガバス研究員は、連日ACP諸国の大使から陳情を受けているそうだ。ACP諸国の中でも、ボツワナ、モーリタニア、セイシェルなど所得が高く、通常のEUの開発援助予算では援助を受けられない国にとっては死活問題なのだ。

 ヨーロッパが400年以上も支配した旧植民地諸国との歴史問題から決別し、あらたな支援枠組みを作るのか、これまでのように彼らへの「特別待遇」を続けるのか、結論が出るのはまだまだ時間がかかりそうである。

                                                JICA欧州連合首席駐在員  山本愛一郎



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