「みなさん、東西ヨーロッパの対立という古い鬼は退治しました。今我々に課されているのは、南北ヨーロッパの対立という新しい鬼と立ち向かうことです。」10月11日、「第9回欧州ハイレベル円卓会議」でバローゾ欧州委員会委員長が口火を切った。場所は、ブラッセル市内のエグモント宮殿。ベートーベンの交響曲にも出てくるベルギーの富豪エグモントが建てた豪華な宮殿だ。外は財政緊縮に抗議するデモ隊を警戒する警察官でいっぱいだ。 この会議は、日本ではあまり報道されていないが、毎年一回EUの首脳、政治家、民間企業、労働組合、マスコミなどの幹部が集う非公式、非公開の円卓会議だ。今年のテーマは、当然のことながら、「緊縮財政 (austerity)と雇用」だ。バローゾ欧州委員会委員長、ファン・ロン・プイ欧州理事会議長以下100名以上の参加者が宮殿の国際会議場に所狭しと配置された二重の巨大な円卓を囲んだ。この会議を主催するのは、筆者が席を置くEUのシンクタンク「Friends of Europe」、そのよしみで、今回唯一の日本人として末席に座らせてもらった。 EUを社会市場経済(social market economy)だと言い切るバローゾ委員長は熱っぽく語り続ける。南北ヨーロッパの対立とは、ユーロのおかげで良好な経済と安定した雇用を享受するドイツ、オランダなどの北側の諸国と、財政危機、金融不安、失業にあえぐギリシャ、イタリア、スペインなどの南側の諸国との間で深まる対立だ。「南側の国が膨大した福祉や公共サービスを削減して財政を安定させなければ、北側の国は、国民の税金を使って支援できない」という北側の言い分ももっともだし、「そもそもユーロのお蔭で輸出増大など経済的利益を受けているのは北側の国だから、負担するのは当たり前」という南側の国の主張も理解できる。背景には、北が勤勉なプロテスタント教徒、南が人生を楽しむカトリック教徒という宗教的ステレオタイプも見え隠れする。 15分のスピーチの中で「連帯」(solidarity)という言葉を5回も使ったバローゾ委員長に対して、「何度連帯を叫んでも、経済成長と雇用がなければ、絵空ごとだ。」、「信頼感がないところで連帯を叫んでも無意味だ。」など労組代表からは厳しい声があがった。 一方、ファン・ロン・プイ議長は、「木は集まって森にならなければならない。」という比喩で、ユーロ圏の結束(integrity)の必要性を強調する中で、欧州員会や理事会などEUの組織の役割を強調した。しかし、これに対しても会場のメディア関係者からは、「選挙で選ばれない理事会のメンバーや、ましては欧州委員会の官僚に、EUの将来を決める正当性(legitimacy)があるのか。」という根本的な疑問が提起された。途中から出席したドイツ出身のブロック欧州議会外交委員長は、「欧州委員会の委員の人選には、欧州市民から選任された欧州議会が関与するし、法律の95%は理事会と議会の共同議決(co-decision)になっている。問題は、正当性でなく、欧州市民とのコミュニケーションだ。」と反論したが、「ドイツやオーストリアなど社会の繊維(social fabric)がしっかりしている国はいいが、そうでない国では、金融・財政危機が、社会の繊維を破壊し、社会危機、政治危機にまで発展している。」という意見まで出され、まさに議論は南北対立の様相を呈してきた。 しかし、「ドイツがユーロ圏から得ている利益は莫大で、域外との貿易でもユーロのお蔭で優位に立っている。EUのために貢献するのは当然だ。」(ドイツ人)、「休暇でよくイタリアやギリシャに遊びに行くが、彼らは休みもなくよく働くのに関心する。」(ドイツ人)、「ユーロは、ドイツやオランダが加盟しているということが国際的信用力になっていることを肝に銘じなければならない」(ポルトガル人)など、筆者が付き合う人々は、EU関係者ということもあるが、皆お互いの国を思いやり、EUの将来を真剣に考えている人たちばかりだ。 偶然にも会議の翌日の10月12日、EUのノーベル平和賞の受賞が発表された。「分裂を回避してと統合を進めなければ、我々は再びナショナリズムと戦争の時代に戻ってしまう。」とノーベル賞委員会のヤーグラン委員長は、朝日新聞に語ったそうだ。 これからのEUが直面する本当の「鬼」は、加盟国の政府間の対立ではなく、今回の金融財政危機によってそれぞれの国の国民の中に生まれつつあるナショナリズムとパン・ヨーロピアニズム(欧州統合主義)との葛藤なのだ。 |
*「ブラッセル援助事情」は、筆者のブラッセルでの体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。 |