ブラッセル通信


このページでは、現在JICA欧州連合首席駐在員である山本愛一郎氏の「ブラッセル援助事情」を掲載していきます。


2012年11月20日     


ブラッセル援助事情
No.8 「 開発か、協力か。〜EUの援助の目的」

 

 20009月の国連総会において世界の絶対的貧困層を半減させるという「ミレニアム開発目標」(MDGs)が合意されて以来、世界の援助の目的が貧困削減に収斂され、したがって援助対象国も後発開発途上国(LDC)が中心となってきたことは間違いない。しかし、EUの援助は、「所得の高い中進国に重点を置いているのではないか。」、「貧困削減へのフォーカスが弱い。」などの批判を受けてきた。この背景にはEU独特の理由があることが意外に理解されていないことがある。

ブラッセルの中心部リュ・ド・ロワ通りに欧州委員会(EC)の開発援助の政策立案と実施を担当する開発・協力総局(DGDEVCO) の本部ビルがある。ビルの正面の看板をよく読むと、「The European Commission Directorate-General for Development and Cooperation」と書いてある。実は、このandに深い意味がある。一般に使うdevelopment cooperationは開発援助という意味で、ODAと同意語のように使われている。すなわち開発のための協力という意味である。しかし、EUでは、developmentは開発途上国への援助を意味し、cooperationは、マグレブ諸国、エジプト、シリア、ジョルダンなど、EUの近隣国 (neighborhood)への支援を意味する。わかりやすく言えば近所づきあいのための支援で、貧しい国への開発援助ではない。これら近隣国は、ヨーロッパへの不法移民の流出国でもあり、それらの国の安定はEUにとっても重大関心事なのだ。したがって、developmentcooperationとの間にandは必要なのである。

ところが、事態を複雑にしているのが、OECDの開発援助委員会(DAC)が決めているODAの定義である。DACの考え方は、DACの支援国リストに記載されている国への援助は、多少の目的の違いはあっても、一定の基準が満たされていれば、ODAにカウントされる。したがって、EUが近隣国対策として実施している比較的所得の高い国への援助もODAにカウントされるため、上記のような誤解を生むのである。ちなみに、2010年のEUの援助の上位受取国10か国は、@トルコ Aヨルダン川西岸及びガザ Bアフガニスタン Cコンゴ民 Dコソボ Eセルビア Fスーダン Gモロッコ Hエチオピア Iモザンビーク であるが、このうちAとGはEUの考え方では、開発援助ではなく、近隣国協力で、@、D、Eは、将来のEU加盟国に対するEU拡大政策なのである。ODAイコール途上国援助だと考えがちな日本人援助関係者は注意しなければならない。

 これ以外にも目的の違った援助カテゴリーがある。それは、「ブラッセル援助事情No.4」で紹介したACP諸国への支援だ。これは、20006月に調印された「コトヌー協定」をベースとする支援で、かつてヨーロッパの植民地であったアフリカ、カリブ、南太平洋諸国79か国(ACP諸国と呼ぶ)が対象だ。と、ACPは、欧州の元植民地というくくりなので、LDCも入っているが、モーリシャスやバルバドスなど高所得国も含まれており、貧困削減が目的とは到底言えない。

 以上のように、EUODAとして実施している援助には、LDC向けの貧困削減を目的とした一般的な援助、近隣国対策のための協力、そして旧植民との関係維持のための協力の3つの目的の違った援助・協力カテゴリーがあるのだ。ここが他の国のODAと比べて、EUODAはわかりにくいと言われる一つの理由なのだ。

 JICA欧州連合首席駐在員  山本愛一郎

  <<前の記事   次の記事>> 
 


「ブラッセル援助事情」は、筆者のブラッセルでの体験とナマの情報をもとに書いています。JICAの組織としての意見ではありません。部分的引用は御自由ですが、全文を出版物等に掲載される場合は、事前に御一報願います。

ブラッセル通信1

Copyright (c) 2012 GRIPS Development Forum.  All rights reserved. 
〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1  GRIPS開発フォーラム Tel: 03-6439-6337  Fax: 03-6439-6010 E-mail: forum@grips.ac.jp