1.繊維企業の組織化と情報網の整備
統計・調査のシステム化・充実化:効果的な政策を行うためには、正確で詳細な実態把握が必要である。繊維縫製産業は異質かつ多数の企業群から構成されており、その市場や企業活動は急激に変化しつつある。現在公開されているベトナム繊維・アパレル産業に関する統計資料や調査報告書は、調査内容・対象ともに限定されており、それらの利用も容易ではない。したがって、繊維縫製産業の実態をリアルタイムで把握しうる制度を整える必要がある。
繊維企業の組織化を通じた情報網の整備:ベトナムの繊維・アパレル企業は急速に増加しており、非国有企業の比重が高まりつつある。政府は、業界団体の活性化によって繊維・アパレル企業の組織化を進めるとともに、そうした団体との交流を通じて様々な企業の要求を広く受け止めていく必要がある。繊維・アパレル産業のもっとも包括的な団体としてはVITAS (Vietnam Textile and Apparel Association)が存在するが、資金・人材が乏しいために活動内容が限定されたものとなっている。VITAS自身の努力も必要だが、教育・研修事業や調査・研究事業に対しては資金的な補助を行うべきである。
2.教育・訓練−管理能力とマーケティング力向上のための支援組織強化
教育・訓練を充実させることの意義:紡織・縫製業ともに、品質・納期に関する海外バイヤーの要求を満たし、労働生産性を向上させるための生産管理能力の向上に早急に取り組むべきである。また、国内市場の開拓については、効果的なマーケティングを行っていく必要がある。これらの課題のうち、一般的なものの解決には、教育機関が重要な役割を果たす。
長期的な工場管理者向け教育の充実による体系的知識の普及:従来の実業教育の主な対象は工場作業者であったが、今後は工場管理者として必要な知識の学校教育を充実させなければならない。JODC(Japan Overseas Development Corporation)エキスパートなどの外国人講師による管理者を対象とした教育機会は、VINATEX傘下の教育機関あるいはVITASで提供されてきたが、期間が短いために体系的な知識を得ることは困難であった。
マーケティングに関する教育の充実:マーケティングに関わる知識・技能を持った人材(デザイナー、パタンナー、マーチャンダイザーなど)の育成は、ベトナム繊維企業が高付加価値化を進めていくために不可欠である。こうした知識・技能の普及・育成のために、学校授業やセミナーの充実を支援していく必要がある。
教育機関における諸問題の解決:教育機関が抱えている問題は、工場管理者のための教科書や専門書が限られていること、教育を担う人材の教育機会が乏しいこと、教育のための機械・設備が老朽化または不足していることである。教科書の作成にあたっては、海外から教科書を収集し翻訳するだけでなく、ベトナム繊維・アパレル産業の実態に応じた内容にしなければならない。教育を担う人材の教育に関しては、資金的な援助を与えながら、国内での授業・セミナーに参加させたり、海外の優良な工場を視察させたりすることが有益であろう。実際の工場作業で使用するものとほぼ同等の機械・設備の充実も必要である。
学科・教育機関の拡充:VINATEX傘下の教育機関は学科の拡充を進めているが、その資金的な基盤は脆弱である。生産管理、企画・開発、マーケティングに関する教育内容の充実を支援しうる予算制度を構築すべきである。また、教育機関の新規設立・運営に対しては、教育能力を見極めた上で、積極的な支援を行うべきである。
3.工場診断および依頼分析の実施
工場診断および依頼分析による個別的な問題の解決:各企業が抱えている問題は多様かつ具体的であるから、学校教育やセミナーには限界がある。こうした個別企業の問題解決には、工場診断や依頼分析が有効である。
人材育成と機械・設備の充実:当面は外国人指導者を招く必要があるが、診断現場への同行や各種セミナーへの参加などによってベトナム人指導者を育成し、将来的には試験研究機関、VITAS、教育機関などが診断を行うことができるようにするべきである。
4.既存設備の改善と新投資の検討・支援
紡織業では品質安定と公害防止のための投資:紡織業では、まず品質の安定と公害防止に努めなければならない。特に重要な位置を占める染色業における品質不良の主要因の1つは機械・設備の不足・老朽化にある。政府は、染色機や濾過・廃水処理設備など重要な機械・設備を特定し、需要予測に裏付けられた長期的経営戦略を策定している企業に対しては、そうした機械・設備の導入を支援するべきである。なお、染色の品質改善には、工業用水の質、電力供給、品質管理能力などの問題解決も必要である。
縫製業では設備投資よりも管理能力の向上を優先:縫製業では、生産管理能力の未熟さから生じる高い縫い直し率や、その結果である低い労働生産性という問題はあるものの、機械・設備の性能や作業者の技能水準の問題から生じる品質不良は深刻な問題ではない。他方で、賃金上昇と労働力不足が生じており、自動ミシンの導入など機械化によって労働生産性向上をはかる企業も増加している。しかし、労働集約的で、労働生産性向上の余地がなおある縫製業では、先進的な機械を導入して自動化するよりも、生産管理を徹底する方が労働生産性と投資効率を高める上で効果的な場合がある。安易な自動化奨励は、縫製企業の減価償却負担を増加させ、企業経営を悪化させる可能性がある。
5.国内生産連関を形成し市場を拡大するための環境整備
商業活動の重要性とリンケージ作り:国内の素材調達先を探索したり、衣料品の販売網を構築したりする上で重要なのは、商業者の活動である。彼らは、生産者と消費者に関する情報を持っており、中には生産者を組織して自社製品を供給するものもある。その実態については不明なことが多いため、まず実態を調査した上で、商業活動上の諸問題を解決する必要がある。
外部検査機関の充実による品質の信頼性の向上:外部検査機関の充実による品質への信頼は、輸出振興にあたってきわめて重要な意味を持っている。しかし、繊維製品の試験研究機関であるTextile Research Instituteでは、機械・設備が不足しており、資金的支援が必要である。
業界団体の活性化:VITASなどの業界団体は、産業と政府との情報交換において重要な役割を果たすだけでなく、品質基準や規格の統一、企業間の情報交換、企業行動の規範づくりの場となりうる。特に品質基準や規格の統一は、国内縫製品市場の拡大にあたって重要なものである。
企画・開発力を有するアパレル産業の支援:デザイナーが作品を発表し、有能なデザイナーとベトナム企業とを結びつける場を提供することは、ベトナム企業独自の製品を生み出すために重要である。こうした活動はFADIN (Fashion Design Institute)が担っているが、有能なデザイナーは海外で活躍しているのが現状である。輸出向け商品の受託加工を主に行うベトナム企業では個性的なデザイナーを事業に生かすことは難しいならば、デザイナーの新規創業への支援や、デザイナーと小規模生産者・商業者とを連携させる方策の実施も必要である。