概要と主な提言<2003.7.11バージョン> この日越共同研究は、日本政府のベトナムに対する知的支援の一環である。その目的は、後発途上国ベトナムの工業化戦略につき具体的かつ現実的な政策提言を行なうことにある。 グローバリゼーションが進展する中で、ベトナムは「工業化・近代化」という大きな国家目標に取り組んでいる。この課題は多くの発展途上国・市場移行国に共通のものである。ドイモイ改革開始から数えて17年、国際統合が本格化してからすでに約10年が経過した。しかしながらベトナムの政府も企業も、貿易・投資自由化を経済発展に有効に活かすための十分な準備ができているとは必ずしもいえない。国際統合が機会と挑戦を同時に伴うという事実はかなり広く理解されているが、国際競争力を高めるための具体的な行動が打ち出せていない。産業育成、企業改革、外資誘致、貿易政策、投資政策などが一貫性をもって実施されておらず、政策環境の不透明性・不確実性が現地・外資双方の企業活動にとって最大の障害となっている。 経済活動の指針となりうる安定的な産業ビジョンや政策環境を提供するには、その前提として、国内の重要産業の現状および国際市場動向についての最新かつ詳細な情報を収集し、その分析に基づく現実的な政策を打ち出さねばならない。いまベトナムに必要とされるのは、「自由貿易か保護主義か」「地域的統合の得失は何か」といった一般的問題への答ではなく、同国が直面している産業上の諸課題に対する数字やスケジュールを伴った具体的な政策対応であり、それを立案する能力である。我々のプロジェクトは、ベトナムの産業・貿易・投資政策およびいくつかの重要産業を深く研究し、政策オプションを提示し、それらにつきベトナムの政策担当者と協議を重ねることによってこのプロセスに貢献しようとするものである。 途上国開発に必要な経済体制は、市場メカニズムへの全面的依存でもなく、政府主導型経済計画の復活でもない。我々は、国際競争力が弱く市場経済が未発達なベトナムのような後発国においては、各開発課題ごとに「政府」と「市場」を適切に組み合わせていかねばならないことを自明の命題と考える。ベトナムの現実にふさわしい「政府」と「市場」の組み合わせを個別の政策課題について具体的に提示することが、我々の目的である。 途上国の工業化については経済学にさまざまな理論の蓄積があり、それらは我々にとってよきガイドラインである。しかし理論はかなり抽象的なものであり、差し迫った実践的課題に必ずしも的確な解答を与えてくれるものではない。我々は理論と事実を組み合わせるにあたり、通常の理論的仮定や他国からの類推を当然視せず、ベトナムに存在する事実を集めることに多くの時間を費やした。また理論を引用するにあたっては、ベトナムの文脈におけるその現実的妥当性に留意した。 本プロジェクトは日越両政府と政策対話をしながら進行しており、またベトナムの政策担当者や企業関係者もメンバーに加わっているが、その分析と提言はあくまでアカデミックな立場からなされるものであり、日本政府あるいはベトナム政府の公式見解ではない。 |
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東アジアでは発展段階の異なる国々が、民間の多国籍企業によって同地域にはりめぐらされた生産ネットワークへの順次参加を通じて経済成長を遂げてきた。そこには貿易・投資を媒介とし、先進国市場を主たるターゲットとする、明確な序列と構造をもった域内生産分業が存在している。このもとで工業化の広域化(地理的拡大)と深化(各国の産業構造高度化)がダイナミックに同時進行した。こうしたサプライサイドの動態は「雁行形態的発展」とも呼ばれている。この発展メカニズムを理解するためには、個別国をこえて、この地域全体の生産構造・域内貿易・投資連関などを分析する必要がある。 東アジアの途上国にとって経済発展とは、自国がこの生産分業の1つの環として参加し、域内諸国との競争関係と補完関係の中で工業化を低次から高次へと実現していく過程にほかならない。彼らは開発過程を開始するにあたり、貿易・投資を通じた国際統合を志向せざるをえなかったのである。各国は、先行国と後から追い上げてくる国の間にはさまれて、改善への圧力を常に市場から受けながら、発展の階段を一つずつ登ってきた。こうした有機的な相互依存関係を形成しグループとして成長を遂げている途上国地域は、東アジア以外にはみられない。 地理的に東アジアの中心に位置し、優秀で勤勉な労働力が豊富なベトナムは、このアジアダイナミズムに参加し、後発の雁として高く舞い上がることが潜在的にできる国である。国家目標である2020年の「工業化・近代化」は、こうした地域生産分業への食い込みを通じてしか達成しえないであろう。この十年間、すでにその始まりの兆しは明確に観察されている。しかしながら現在のベトナムは、所得水準・生産輸出構造のいずれからみても、東アジアの構造転換連鎖の中でいまだ低い発展段階に位置しているのであり、将来にわたって力強い成長を長期に実現できるか否かはまだ保証されたことではない。その成否は、ベトナムがこれから打ち出していく政策の質にかかっている。 アジアダイナミズム参加の必須条件は、直接投資(FDI)を有効に利用することである。世界市場での競争は熾烈を極め、他方ベトナムの競争力は非常に弱い。ベトナム現地企業だけの努力では、近い将来日米欧中韓、ASEAN近隣諸国などと対等に伍していくことは不可能に近い。適切な直接投資政策を強力に打ち出すことにより、まず外資を大量に呼び込み、その事業活動に現地企業がリンクしていくことによって国内能力を高めていくのが現実的な工業化への道である。日系企業は、とりわけ製造業の生産基地としてベトナムの潜在性に関心を寄せている。 しかしながら、ベトナムはその潜在性を十分に活かしきれていない。ベトナムを進出先候補にあげる外国企業は多いが、実際に進出する企業は少数にとどまっている。東アジアの基準からすると、ベトナムがこれまで受けいれてきた直接投資はきわめて少ない。90年代前半にはベトナム進出ブームが巻き起こったが、それは数年で終了し、投資流入はアジア危機以前から落ち込みを始めた。最近数年間は再び対越投資への関心が高まったが、それが十分盛り上がる前にすでに息切れの兆候がみえる。現在の水準では、アジアダイナミズム参加に必要な直接投資の臨界値に達しない。ベトナム経済は比較的順調に成長しているが、この活力は年100億ドル程(GDPの30パーセント強)の外貨流入に支えられたものである。その意味でこれは「競争力なしの繁栄」であり、永遠に続けることはできない。 一方でベトナムは、従来ドイモイ政策と対外開放政策のもとで行政、財政、銀行、国有企業、法律などの改革を進めており、政策環境の面で改善がみられることは事実である。だが他方で、ベトナムはAFTA実施、米越通商協定、WTO加盟交渉などを通じて貿易・投資自由化の加速を迫られている。また「世界の工場」中国の台頭は、ベトナムを含むASEAN諸国から競争力と直接投資を奪っている。ベトナムの国内改善速度は外部世界が変わる速度に追いついておらず、ゆえにアジアダイナミズムの中で相対的に不利な立場にとどまっている。 いまベトナムに必要なのは、総合的かつ長期的な工業化戦略およびそれに基づく個別主要産業のマスタープランである。それらの内容は、自国の実力、世界の動き、および対外経済政策・市場移行政策と整合的なものでなければならない。政府がどのような経済体制や産業ビジョンを目標としているのかが曖昧なままでは、現地・外資に関わらず、企業は安心して投資することができない。これらの戦略・マスタープランを作成するためには、最新かつ詳細な内外情報を収集し、分析し、関係者間で継続的に討議することが不可欠である。 21世紀初頭における途上国の産業育成は、日韓台が急成長した1960年代頃の産業政策とは根本的に異なる形をとらねばならない。当時は「幼稚産業保護政策」、すなわち一時的に輸入障壁を設けて国内企業を強化するという政策が許されたし、また実際に行なわれた。だが現在のベトナムにおいては、1)早急な貿易自由化が要請されている、2)現地企業の実力が当時の日韓台企業ほどではない、の二重の理由から、幼稚産業保護政策を採用することはできない。ベトナムの場合は、対外開放を基本路線としたうえで、製造業を中心とする多国籍企業を大いに誘致し、現地企業が彼らの生産・貿易・投資ネットワークに参画していくというパターンをとる必要がある。公共投資やODAは、これを支援し補完するために活用されねばならない。 国内天然資源の最大利用、フルセット型産業構造、垂直統合志向、上流投資優先といった旧時代の発想では、内外の投資を活性化することはできないし、国際競争と国際分業に基づく21世紀型の工業化を本格化することはできない。ベトナムでは政府や企業がダイナミックな国際市場やその中での自国の実力を十分把握しておらず、正しい分析に基づかない非現実的な政策や企業戦略が打ち出されることがある。 外資に頼る工業化は、ベトナム主導の開発とはいえないのではないかという声がある。しかしながら現在、世界の潮流に逆らって舟をこぐことは(日本を含め)いかなる国にもできないし、ましてや技術・資本を欠いたベトナムには全く不可能である。開発過程におけるベトナムの自立性の維持とは、外部の影響を拒絶することではなく、その流入を自分の目的に合うようにコントロールできるということである。それができればベトナム社会のアイデンティティは失われないし、グローバリゼーション過程における自立性は保たれる。そのような国際統合を「翻訳的適合」という。ベトナムは現実から遊離した内向き願望を捨てて、世界情勢を熟知した上での翻訳的適合をめざすべきである。 |
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ベトナムの工業化にとって最重要課題は、労働集約型かつ輸出志向型の直接投資を大量に誘致することである。中国や他のASEAN諸国など外資誘致を狙うライバル国がひしめく中で、ベトナムが直接投資を順調に呼び込むためには、対外開放や自由貿易だけでは不十分である。投資受入国は世界市場の動向や多国籍企業のニーズを十分に把握した上で、大胆で明快な誘致策を打ち出さなければならない。必要なのは単なる投資環境の改善ではなく、東アジアでトップの座を争う投資環境の構築である。その実現に求められる条件を一般的に述べれば、開放的で安定的な政策環境の提供、および全般的なビジネスコストの削減ということになろう(具体策は後述)。 静学的比較優位に基づく伝統的な貿易・投資理論は有効性を全く失ったわけではないが、アジアダイナミズムを説明するには不十分である。東アジアで展開する直接投資の動きを理解するキーワードは、集積(agglomeration、あるいはclustering)とフラグメンテーション(fragmentation)である。集積とは、ある生産活動が地理的に集中し、その集中がさらなる集中を呼ぶ現象をさす。米国シリコンバレー、台湾新竹のハイテクパーク、インドのIT産業中心地となっているバンガロア、縫製業が集中する中国広東省がその例である。他方フラグメンテーションとは、ある製品をつくる際に原料から完成品までの生産を一ヶ所で行なうのではなく、それをいくつもの生産工程(production block)に分けた上で、各国の比較優位に従い国際分業させること、すなわち工程間分業のことである。フラグメンテーションが成立するためには、その利益が国境をこえて情報や中間財を運ぶ手間と費用(service link cost)を凌駕しなければならない。 この両者は、一方が求心力で他方が遠心力だから矛盾するように見えるが実はそうではない。たとえば、ある工程が特定国に集積し、そうした工程集積どおしが国際分業を深めていくことは十分ありうる。またservice link costには規模の経済性が存在するので、集積はservice link costの安いところに形成されるという側面がある。通常この二つの力は同時に作用するが、そのパターンは複雑である。それは製品の物理的特性・各企業の戦略・各国政府の政策等に依存し、また同一産業でも時の経過とともに変容するので、業界当事者でさえも十分見通すことができない。だが、たとえ将来を予測することは困難でも、ある産業に現在どのような力が働いており、多国籍企業がどのような動きを見せているかは知ることができる。各産業ごとにそうした世界市場の流れを察知し、ベトナムが誘致できそうな製品や工程をターゲットとして集中的に誘致活動を行なうことが肝要である。逆に、ベトナムに来そうにない産業や工程の誘致をいくら望んでも無駄である。これは市場に逆らうのではなく、その流れを最大限に利用するということである。現在のベトナムには、熾烈な外資誘致競争を勝ち抜くために必要な情報や能力がまだ備わっていない。 途上国の外資誘致に要請される条件は、容易に変えがたい「初期条件」(国内原材料、低賃金、資本蓄積、技術水準、人口・内需の規模等)では必ずしもなく、むしろ「政策環境」のよしあしに重心が移りつつある。また外資は、手厚い投資優遇措置よりもむしろ政策環境の方を重視することが報告されている。東アジアでは、経済規模も生産要素賦存比も全く異なる国々が、貿易・投資リンク、繊維から電子への移行、日米欧市場依存といったパターンを共有しながら工業化してきた。重要なのは、台湾がコメと砂糖を産しマレーシアがゴムとスズを輸出したことではなく、これらの政府が外国の資本・技術を吸収するために適切な政策を--試行錯誤があったにせよ--実施してきたことである。 東アジアの途上国がすべて力強い成長をしているわけではなく、ダイナミズムに乗れない国も存在する。北朝鮮・ミャンマーは政治経済両面で開放的でなく、経済開発に着手する以前の状況にある。ラオス・モンゴルは内陸国というハンディキャップを負っており、貿易・投資リンクの構築がむずかしい。フィリピンは長年の政治社会不安により高成長を維持できていない。さらに注目すべきはインドネシアである。これまで同国は工業化にかなりの努力を重ね、援助と直接投資を吸収し、アジアダイナミズムにも参加してきた。しかしながら直接投資融資に関する限り、インドネシアはいま雁の群から(一時的に?)脱落しつつあるように見える。その原因は政治不安定に加え、政策環境の悪さが大きい。 目をベトナムに転じれば、ベトナムはこの十年間高成長を実現したが、それが次の十年も自動的に続くという保証は必ずしもない。投資活性化のためにベトナムに欠けている条件はすでによく知られているのであって、とりわけ他国と比べて不備が指摘されるのが「政策環境の悪さ」と「インフラの不足」である。このうちインフラについては金と時間がかかるので一朝一夕に整備するわけにはいかないが、政策改善についてはアイデアと規律の問題であり、政府が決断さえすれば莫大な金や長い年月がかかるわけではない。ただしこれは既存の政策機構に切り込まなければならないから、その意味ではより難しいといえないこともない。だがこの門を通過できなければ、ベトナムの「工業化・近代化」はおぼつかないというのが我々の診断である。 ベトナムは最低限のこととして、現在内外企業の大きな負担となっている、許認可・ローカルコンテンツ要求・関税体系などをめぐる非合理な諸政策・諸規制を早急に撤廃せねばならない。それに加えて、直接投資を本格的に呼び込むには、より積極的な政策アクションを打ち出さねばならない。 アジアダイナミズムに乗るには、単なる自由貿易やlevel playing fieldだけではだめである。後発途上国が工業化戦略を策定し、自国に誘致可能な産業分野を知るためには、個別産業に関する情報が不可欠である。途上国政府は限られた人材・時間・資金のもとで、どのインフラを優先的に整備し、どの制度をまず改善し、各産業・製品の貿易自由化速度をどのようにデザインすればよいかを知る必要がある。そうした情報がなければ正しい政策ミックスが発動できず、その国は永遠の鎖国かビッグバン自由化を選ぶしかない。それでは外資を誘致できないし、投資効率を高めることもできず、国際統合ショックを緩和することもできない。市場経済が未発達な国においては、たとえ民間主導の発展をめざすにしても、すべてを市場に任すことはできず、政府には一般論をこえた個別産業に関する詳細情報が必要とされるのである。 |
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我々は、ベトナムは外資主導型工業化を第一義的にめざすべきだと考えるが、現地企業の役割も補完的ながらきわめて重要である。この部門が経済発展に果たすべき役割は、大きく分けて2つある。 第1は、雇用拡大・所得向上のチャネルである。まず現地企業自身の創意工夫により惹起される成長が期待される。これには政府が自由な経済環境を提供し続けること、およびインフォーマルセクターのフォーマル化によって事業の正当性・安定性を保証することが必要である。通常の輸出以外にも、ベトナムは約100億ドル規模の外貨を毎年受け取っている(上述)。これらがもたらす所得・投資増は直接の受取り者にとどまるわけではない。彼らがその所得を使うことにより二次・三次の内需が生れる。このいわゆる「乗数効果」の受け皿として、現地企業の発展がきわめて重要になる。それは、外貨流入の最初のインパクトを国民のより広い層に広げていくためのメカニズムを提供する。 第2に、裾野産業の育成母体である。直接投資の大量誘致はたしかにベトナム経済を工業化させるが、経営・技術・生産管理・資金・マーケティング・製品企画など生産活動の根幹を外国人に依存している状況では、真のベトナムの実力による工業化とはいえない。上述のように、国内能力を高めるためにはこれらの外資企業と生産面で連携し、とりわけ彼らに部品・中間財を提供していくことが必要である。政府は、外資系部品企業の誘致に加えて、優良で意欲のある現地企業がそのような企業間取引関係を構築することを積極的に支援すべきである。この成功は、国際水準の生産・経営ノウハウを国内に移転するメカニズムを提供してくれる 以上の需要面・生産面双方のチャネルを通じて、現地企業と外資企業が相互連関を形成することが肝要である。現状では、これまで国際競争から保護されてきた内需志向型企業(これには一部の輸入代替型外資企業も含まれる)とすでに競争力をもち国際分業に参画している輸出型外資企業の連関がきわめて弱い。この分断を打破するには、法的・制度的な自由化やlevel playing fieldの整備に加え、経済の不備・歪みを補正し必要な支援を与える政策が同時に不可欠である(次節参照)。 2000年の新企業法施行以来、民間中小企業の設立があいついでいる。これを民間ダイナミズムの反映として高く評価し、さらには国有企業・外資企業に代わる経済成長の柱として期待する意見もある。我々も上述したように、国内民間部門の活躍を大いに期待するものである。しかし、激しい国際競争に勝ち抜いてベトナムの工業化を牽引できる主役になれるかという点からは、同部門に過大な期待はできないというのが我々の判断である。期待は重要だが、それは現実的なものでなければならない。 ベトナムの民間企業は圧倒的多数が小規模経営であり、とりわけ近隣地域を商圏とする零細な店舗・工房・サービス業が多いと思われる。また最近の企業増加の中にも、法律改正により既存事業が法人化を選択した場合もあるだろう。民間企業のうち競争力の萌芽を宿す企業もないわけではないが(Biti's、Trung Nguyenなど)、その数が絶対的に少なく、世界に通用する技術を有する中堅製造企業はさらに稀である。 ベトナムの優良企業リストには民間とともに国有企業が含まれることからしても(VinamilkおよびHanosimex、Garco10をはじめとする繊維縫製企業など)、重要なことは所有形態ではなく、オープンな競争環境のもとで起業家精神をもって事業展開しているか否かである。「民間はよく国有は悪い」(あるいはその逆)といった偏見を捨て、所有形態に関わらず、外資企業と協力しうる潜在能力をもつ企業を慎重に選定し強力な支援を与えることが重要である。 |
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1999年頃より、世界銀行・UNDPを中心とする開発政策において、「貧困削減」を唯一の開発目標とし援助もその目的のためだけに使用すべしという主張が高まった。1990年〜2015年の間に絶対貧困者の比率を半減することをはじめとする複数の貧困削減目標からなる「ミレニアム開発目標」(MDGs)が合意され、またすべての低所得国に「貧困削減戦略書」(PRSP、ベトナムにおいては「包括的貧困削減・成長戦略」CPRGSと呼ばれる)の策定が要請されている。 だが貧困削減が最高の開発目標かどうかは各途上国が決めることであろう。ベトナムは、多部門志向の社会主義経済を基本路線とし、五ヵ年計画・十ヵ年戦略を経済社会政策の最高文書として、MDGsやPRSPが策定されるずっと以前から開発努力を重ねてきた。そこでは先行国にキャッチアップするための、工業化に基づく経済成長が重要目標とされ、またその過程において社会的公正が保たれるよう十分な配慮をすることが重視された。この配慮は単に貧困削減にとどまらず、格差是正、少数民族支援、環境保全、犯罪・不正の撲滅、社会規律、文化振興など広い分野をカバーするものである。このベトナムの基本戦略は、東アジアの開発経験--少なくともその成功国--に共通のものである。 全般にベトナムの社会指標は、同所得水準の他途上国と比べると、あるいはより高い所得水準にある国々と比べても、かなり良好である。しかも、1990年代を通じて(経済自由化・国際統合による社会変動が新たな問題を発生させたにもかかわらず)大部分の指標は改善をみせた。とりわけ絶対貧困者比率の半減というMDGsの筆頭目標については、ベトナムは2015年を待たずにすでに現段階でほぼ達成しているのである。貧困ライン以下の人口比率は1993年の58パーセントから2000年には32パーセントに減少した。国際基準からみてこの優秀な成績は、高成長と社会配慮を組み合わせるという上述の戦略の結果といえよう(ただしこれは、現在残された社会問題が軽微だということを意味するものではない)。成長を欠いた社会的政策の実施だけでは、これだけの成果は期待できない。
2003年現在、国際機関や欧州ドナーの間では、貧困削減には経済成長が不可欠であるという命題が自明のこととして再認識されている。ただし、1)その成長は貧困層に対し優先的に裨益するものでなければならない(pro-poor growth)、2)成長支援は産業振興や大規模インフラでなく、弱者層・農村・山岳地帯などをターゲットしたものでなければならない、という考え方は一部に根強い。限られた資源を少数の成長点(ベトナムでは北部・南部の都市地域)に集中投下すべきか、それとも貧しい地域に広く配分すべきかは開発戦略における古い問題である。重要なことは、この一方のみを選択するのではなく、両者のバランスを保つことである。成長支援は、貧困地域・貧困層にのみ向けられるべきであるという考え方はバランスを欠いている。成長率を極大化しながら(その最初のインパクトは均等でなくても)、その果実を国民に広く分配するという二段階の政策によっても貧困削減は達成できるのであり、その方が直接貧困をターゲットするより効果的である可能性も高い。 貧困削減のチャネルは大きく3つに分類できる。第1は、教育、保健・医療、農村開発、ジェンダーなどの貧困層を直接ターゲットするpro-poor政策である。第2は、成長が生み出す所得が労働移動、需要拡大、再投資などを通じて成長点以外にも波及するという市場チャネルである。これはtrickle downとも呼ばれ、このチャネルだけでは貧富格差を解消しえないというネガティブな含意をもって言及されることが多い。しかしながら、東アジアを含む多くの途上国では市場チャネルは強力に働くことも多く、その作用を軽視することはできない。第3に、市場チャネルが不完全な部分を補完し、成長の果実を広く国民に分配するために発動される諸政策がある。これはsocial safety netと呼ばれる諸施策から投資・関税政策のデザインまでを含む広範なチャネルである。Pro-poor growthをめぐる現在の議論は、これらのチャネルの一部のみを取り上げるために包括性を欠く場合が多い。経済成長と貧困削減の関係を考える際には、全メニューからの適切な組み合わせを選ぶ必要がある。このいずれのチャネルを選択するにせよ、その大前提として経済成長が確保されていなければならない。
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我々の政策提言の骨子を以下にまとめる。詳細は各サブページを参照していただきたい。 (1) 輸出型直接投資の大量誘致 ベトナムには輸出志向型直接投資がすでに進出しているが、華南・タイ・マレーシアなどの集積と比べると量的にまだわずかである。ベトナムが域内生産分業に深く関与するには、現在よりはるかに多くの外資を誘致せねばならない。彼らを惹きつけるための条件は「低コストを実現できる事業環境」および「集積の形成」であるが、後者については誘致の成功自体がもたらすものであるから、当面は事業環境に努力を集中する必要がある。多国籍企業のコストに影響を及ぼす要因は、生産要素や中間財の質・価格、電力・道路などのインフラサービス、流通・運輸・通信事情、優遇税制、関税体系、生産・貿易・投資の自由度、行政の効率性など多岐にわたる。これらすべての点につき、ベトナムが世界的に最良の条件を提供すべく、細部の適切さと全体の整合性に留意しながら早急に整備していかねばならない。その際には個別条件整備に加えて、1)企業のニーズをくみあげるための政策対話の充実、2)政策の安定性・透明性の保証、3)事業環境改善に対する政府の強いコミットメントおよび積極的な対外宣伝、が重要となってくる。日本の「市場開放問題処理体制(OTO)」のような、貿易投資に関する迅速な苦情処理機能を創設・強化することもよいであろう。 (2) 輸入代替型産業の淘汰と強化 輸入代替型(内需型)産業に対する政策は輸出型よりもむずかしく、さらに詳細な情報と対処が必要となる。これは現地企業・外資企業のいずれであれ同じである。輸入代替型産業は、需要面での国内市場の小ささおよび供給面での裾野産業の不在という困難に直面しており、両者はいずれもコスト高・競争力不足の原因となる。現在これらの産業は国際競争から守られているが、AFTA実施・WTO加盟交渉に伴い保護は低下せざるをえず、彼らの存続そのものが危うくなる。これに対してはすべてを守ろうとせず、競争圧力が高まる中で一部の企業は撤退し一部の企業は生産性向上によって生き残るという、淘汰と強化を組み合わせたシナリオが望ましい。各産業の盛衰は最終的には市場の力と企業努力が決めるが、政府はその過程で1)悪い企業の淘汰とよい企業の強化を同時に促進しうる関税引下げスケジュールを各産業ごとに策定、2)それを事前に発表し政治圧力に屈せず最後まで実施、3)現実的な努力を行なう企業に対しては(対外公約に違反しない範囲で)一時的支援を提供、といった役割を果たさねばならない。ただし、これらが不十分な分析に基づいて実施されたときには淘汰と強化が成功せず、国民経済への過大な負担が生じる可能性があり、リスクは大きい。 (3) 裾野産業誘致・育成のための集中的政策 現在ベトナムでは裾野産業形成を目的として、多くの現地化要求およびそれに連動する税制・関税優遇措置が打ち出され、何度も修正を重ねている。しかしながら、それが引き起こす政策体系の複雑化と事業環境の歪みはむしろ内外企業の生産・投資意欲をそいでいる。部品育成は無理な強制ではなく現実的な施策をもって行なわなければならない。現地化率が低い企業にペナルティを科すのではなく、自由で廉価な事業環境を全企業に保証した上で貢献度の高い企業に追加支援を行なうのがよい。具体的には、1)受け皿となりうる少数の国有企業の選定とそれへの資金・技術支援の集中投下、2)現地民間企業の部品生産に対する資金・税制・関税・技術導入面での優遇措置、3)3〜4程度の既存工業団地の部品工業団地指定とその事業環境の飛躍的改善、4)輸出および輸出企業への部品供給に対する特別報奨制度、を打ち出すべきである。ただし輸出優遇措置はWTOの禁止事項なので、それらは時限的措置とならざるをえない。こうした包括的政策パッケージをベトナム政府のイニシアティブで企画し、日本を含む関心あるドナーに必要な支援を要請すべきである。外部からの支援としては、産業研究、中小企業振興、関税・貿易自由化のデザイン、専門家・シニアボランティアによる企業診断、経済行政改革、広報・誘致活動などが利用可能であろう。 (4) 政策形成過程における対話の重視 ベトナムの工業化政策においては、産業育成や外資誘致に決定的に重要な国内産業の現状分析や世界市場の最新動向を収集する適切なメカニズムが存在しない。国際統合下で企業・産業の盛衰を決めるのは価格・品質・迅速性・サービス・企画力などからなる国際競争力であって、自国の都合で策定した生産・投資目標額ではない。国際競争力は容易に実現できるものではないが、その第一歩として、政策形成過程における担当者と内外企業の定期的対話の制度化を提唱する。現在は分野ごとに担当省・担当局の少数の人間が政策を起草しており、省間稟議はあるものの、企業からのインプットは少なく、適切な情報・分析を踏まえたものとはいいがたい。それが重大な問題を引き起こした時には首相・副首相レベルの決定により事後的に処理しており、きわめてアドホックで近視眼的である。国内企業や外資企業が何を望み、どのような障害に直面しているかを日常的に聞き取り、情報を共有し、それを政策立案に活かす仕組みが必要である。産業別月例会のような会合に加え、必要に応じてインフォーマルな接触がなされるべきである(むろん協調が癒着にならないよう、政府・企業間に適当な緊張関係を維持する必要はある)。年に一度程度の対話集会や非常時の首相宛書簡だけでは十分な対話チャネルとはいえない。 (5) 経済政策の司令塔としての首相直属集団 ベトナムでは縦横にはりめぐらされた権限のネットワークの中で、経済政策決定の責任が分散しその過程が曖昧である。明快で一貫した経済政策が形成されにくく、また急を要する局面において政策対応が遅い。産業戦略(工業省)、直接投資・ODA(計画投資省)、貿易交渉(商業省)、関税決定(財政省)、技術基準(科学技術環境省)を所轄する役所が別々で、政策の中身に関する相互連携がとれていない。また同一省内でも局間の連携が悪い。この状況下では、産業・製品ごとの振興策を経済的に意味のある形で決めることはできない。最低限の措置として、工業省と商業省は統合されるべきである。さらに抜本的解決として、首相直属の少数テクノクラート集団の創設を提言したい。このチームに経済政策立案の権限を集中し、首相の全幅の信頼とサポートを与え、関係各省を指揮して開発にあたらせるべきである。このようなトップダウンの政策決定は、東アジアの多くの国でキャッチアップのために過渡的に採用されたものであり、ベトナムのように高度成長を始めたばかりの後発国には有効である。人材も資源もきわめて限られている国においては、権限の集中による機動的な経済政策立案が求められている(経済政策の権限集中は、政治的な権限集中とは別問題であることはいうまでもない)。 |
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