GRIPS
Development
Forum

グローバル化時代の
ベトナム工業化戦略


ベトナム鉄鋼業への提言
輸入代替産業の現実的な政策オプション

一般に途上国では鉄鋼業は輸出志向産業ではなく、また輸出志向とすることは巨額の資本投下要求と国際価格変動のために困難である。ベトナム鉄鋼業の目標は、国民経済全体の国際競争力強化と輸出志向戦略のもとで、「後方連関効果」を通じての輸出産業の支援、および「輸入代替」を通じての国際収支圧力・外貨制約の軽減におかれなければならない。そのためには、貿易自由化が加速する中で、(たとえ輸出産業ではなくとも)鉄鋼業自身の国際競争力を大幅に改善しなければならない。それができなければ、鉄鋼業は国民経済にとり巨大なリスクと負担になってしまう。これはすべての内需型素材産業に共通の政策課題であるが、問題の規模は鉄鋼業が圧倒的に大きい。世界市場におけるベトナムの現在の実力を十分認識した上で、野心的すぎない現実的な政策をステップ・バイ・ステップ・アプローチで進めていくべきである。
 

1. ベトナム鉄鋼業の基本問題

ベトナム鉄鋼業の特徴として、以下が挙げられる。

(1) 非近代性の残存:生産能力は概して小規模であり、旧式設備も多く使われている。合理的な生産管理・経営戦略・マーケティング等が導入されていない。
(2) 製品・工程間の不均衡:生産が川下(圧延・めっき等)に偏っており、品目も条鋼中心で鋼板は生産しない。ゆえに条鋼は設備過剰に陥る一方で、鋼板・ビレット(半製品)は輸入が増大している。
(3) 3層からなる生産者:外資合弁、VSC傘下の国有企業、VSCに属さない私有企業が存在する。最近は100%外資企業や私有企業が積極的に能力を拡張している。
(4) 流通の未整備:輸入を含む鋼材流通はVSC傘下商社、外国商社、国内商人などが担っているが、このいずれもが鉄鋼市場を安定化・効率化する機能を十分果たしていない。また政府の価格統制が残っている。
 

2. 一貫製鉄所建設をめぐる議論
2001年9月にベトナム鉄鋼業のマスタープランが政府承認された。このマスタープランは、VSCがJICAの助言を受けつつ2010年までの投資戦略を定めたものである。これには既存国有工場のリハビリテーション、冷間圧延工場の建設、電炉・圧延ミルの増設などが含まれている[表、pdfファイル20KB]。ただし投資計画は修正可能なものとされ、また2006年以降については方向性を示すにとどまっている。マスタープランの策定過程においては、粗鋼生産能力450万トン/年の一貫製鉄所の早期建設の可否について政府内外で論争があった。この建設には長い時間と巨額の投資(50〜70億ドル、GDPの2〜3割に相当)を要し、ベトナムにとり他の鉄鋼投資とは桁違いの規模である。マスタープランはこの論争に結論を出しておらず、現在も議論は続いている。
 
一貫製鉄所の早期建設をめぐる論争
推進派の意見
慎重派の意見
  1. 鉄鋼は工業化の基礎として重要
  2. 国内で鉄鉱石・石炭を産する
  3. 建設にふさわしい場所・港がある
  4. 鉄鋼輸入が国際収支圧力となっている
  1. 一貫製鉄所は工業化に不可欠ではない
  2. 資本集約的でありベトナムに適さない
  3. 貿易自由化のもとでは一時的保護が不可能

しかしながら、いまベトナム政府が一貫製鉄所建設の可否に注意を集中することは現実的ではない。一貫製鉄所を建設するためには以下の条件が不可欠である。

巨額の建設資金の調達
国際競争力のある大規模一貫製鉄所を設計し建設する能力
効率的操業と顧客志向の販売を行なう経営能力
操業を支える良質のインフラストラクチャーと周辺技術

これらはいずれも現在のベトナムには存在せず、これから時間をかけて構築せねばならない条件である。政府と鉄鋼企業がこれらの条件を着実にクリアしていくならば、2010年代のある時期に一貫製鉄所を建設することは可能かもしれないが、2010年以前には無理である。またこれらの条件が整わなければ建設は永遠に不可能となる。それゆえ、一貫製鉄所の建設についていま最終決定を下すことは実質的な意味を持たない。現実的にみて、一貫製鉄所の早期建設は問題外である。

ベトナム鉄鋼業にとってより重要で喫緊の課題は、競争力を高める第一歩となるべき次の2課題を克服することである。第1に、条鋼セクターにおいて、製品の過剰と投入物(ビレット)の不足の不均衡を解決せねばならない。第2に、ベトナム初の冷延薄板工場の建設と初期操業を成功させることである。これらの課題を解決できるかどうかが一貫製鉄所の可能性をも左右する。1億2700万ドルのプロジェクト(冷間圧延ミル)から利益をあげられない者は、50〜70億ドルかかる一貫製鉄所を建設すべきではないからである。
 

3. 条鋼圧延ミルの淘汰とビレット生産の拡大
条鋼生産における能力不均衡は、貿易政策(手厚い保護)と競争政策(自由参入)の不整合によって引き起こされた。1996年以降、条鋼類の輸入は原則禁止とされ、特別輸入するにあたっては30〜40%の関税を課された。一方で、国内企業による参入は2000年まで自由であった。輸入禁止によって高止まりした国内価格に刺激されて、国内条鋼生産能力は急速に拡大した。新たな参入の中には合弁企業の優れた設備もあったが、効率の悪い小工場・家内企業も含まれていた。2006年のAFTA期限が迫る今、ベトナムは貿易自由化約束と市場圧力をうまく利用して、有望な条鋼圧延ミルの強化とそうでないミルの淘汰を早急に実施しなければならない。

政府は2001年より条鋼圧延への参入を制限して需給調整を図り、また品質基準を徹底することで規格外製品の排除をめざしている。これらは正しい方策だが十分ではない。より重要なことは、政府が各鉄鋼製品の関税率およびその引下げスケジュールを含む貿易自由化のロードマップを上記目的(強化と淘汰)と整合的になるよう決定し、公表し、着実に実施していくことである。貿易自由化はAFTA関税(CEPT)、非AFTA関税(MFN)、非関税障壁撤廃(輸入禁止を含む)を含む包括的パッケージでなければならない。また輸入自由化の効果を相殺するような国内措置(特別消費税など)を導入してはならない。もし保護の段階的除去がクレディビリティをもって提示されるならば、機会主義的参入はおのずと抑制され、競争に持続的に挑む意志をもつ企業だけが残ることになるだろう。

国際競争の導入というムチとともに、真摯に努力する企業に対しては、安定的でよりよい政策環境というアメを(対外公約に反しない範囲で)提供することも重要である。それはたとえば、鉄鋼価格のさらなる自由化(価格統制の歪みにより工程間マージンが不当に圧迫されることがないよう)、そのもとでのVSCの投資計画調整、過剰投資抑制措置、品質・規格・参入基準の強化と実施、流通機構の改善などである。

国際競争の段階的導入によって予想される事態は企業によって様々である。外資系を中心とする大規模設備をもつ企業と、設備再構成を進めているSSCについては、合理化の努力次第で生き残る可能性は十分ある。しかし他の国有企業や中小・零細企業はきわめて困難な状態におかれるだろう。この観点からするとVSCは、競争力に大きな疑問のあるTISCOの第二期リハビリ計画や複数の電炉・圧延ミル建設計画を再検討すべきである。
 

4. 鋼板ミルの立ち上げ問題
マスタープランには、現在存在しない鋼板類の生産能力の構築が計画されており、そのうち第1冷延ミルはすでに着工されている。それに続くものとして、第1熱延ミルが計画されている。ベトナムの鋼板市場は高級品、中級品、低級品に分類される。ふつう途上国が新分野に参入するに際しては、高度な技術を要しない標準化された製品の量産から始めるが、鋼板についてはそれがあてはまらない。その理由は、ロシア・ウクライナが世界の低級品鋼板市場において、常識では考えられない低価格攻勢を続けているからである。ベトナム企業は彼らとの無意味な消耗戦を避けるために、低級品鋼板の生産を避けるべきである。また、ベトナムでは自動車や家電製品の生産規模が小さいため、高級品の需要は小さく、それだけでは主要なターゲットとはなりえない。一方、工場・倉庫の建材、家庭用機器、オートバイ部品、ガスボンベ材料など、中級品の市場は、工業化と所得の向上にしたがって順調に拡大している。

したがって、新しい鋼板ミルのターゲットは中・高級品(とりわけ前者)である。これらの顧客の多くは外資系企業であり、彼らは高い品質のみならず、低い欠陥率や正確な納期を要求する。新たに建設される冷延・熱延ミルが十分な操業率を確保するためには、徹底した市場調査と市場ターゲッティング、適切な設備・生産技術・管理技術の導入、および製品品質にふさわしい良質の材料の使用が肝要である。また生産能力や建設の時期は、ターゲットされた内需を越えないよう慎重に選ばれなければならない。

ベトナムの鋼板需要は着実に伸びており、他方これらのミルを建設し経営を軌道に乗せるには時間がかかる。また操業開始が遅れれば遅れるほど、一時的な輸入保護の可能性も失われていく。第1冷延ミルの建設や第1熱延ミルのF/Sは、すでにマスタープランより遅延している。鋼板生産能力の構築は、以上の留意点を念頭に、タイミングを逸することなく進められねばならない。
 

5. 関税提案
関税体系のデザインは、条鋼類の強化・淘汰および鋼板類の立ち上げの両方にとって、きわめて重要な政策手段である。最終的な関税体系はAFTAや将来のWTO等に従うことになるが、自由化までの猶予期間や通商交渉などを通じて、一時的、部分的かつ過大でない保護の延長はある程度認められるかもしれない。それを企画する際には、以下の点に留意する必要がある。

貿易自由化は有望企業を壊滅させるほど急激であってはならないし、また不良企業を温存するほど緩慢なものであってもならない。
製品間・工程間のバランスが常に適切であり、関税体系の歪みが企業に不合理な負担を強いる事態があってはならない。
鉄鋼ユーザーへの過度の負担を避けなければならない。
将来性の認められる新規投資については、初期の投資回収・学習期間をカバーする短期的保護が許されよう。
AFTA、非AFTA関税それぞれにつき、予想される輸入圧力に関する分析が必要である。
AFTAについては最終期限が迫っており、実施計画を変更する場合には外交交渉が必要となる。

以上に留意しながら、条鋼類と鋼板類それぞれについて複数の関税政策オプションを評価する。

条鋼類の関税政策

LAは2006年までに0〜5%というAFTA規定に従うシナリオであり、LBは2006〜12年に一時的に保護延長するシナリオである。ただし2015年までにはいずれも0%に引き下げられる。またビレットは5%の関税とし、やはり2015年に0%とする。政策オプションとしては、(1)LAをすべての輸入に課す、(2)LBをすべての輸入に課す、(3)LAをASEAN輸入に課しLBを域外輸入に課す、が考えられる。

これらの政策オプションのもとで、国際価格変動の可能性、条鋼生産に必要な適正マージン、操業開始時のコスト増を考慮しシミュレーションした結果、次のような結果をえた。もし国際価格が低迷すれば、政策(1)は大規模な企業淘汰を引き起こし、新規ミルの建設も不可能となる。(2)、(3)ならばリストラの時間的余裕が生まれ、電炉の拡張も可能性がでてくる。もし国際価格が高ければ、(1)(2)(3)いずれの場合も圧延ミルの再編成と電炉・圧延ミルの新規建設には明るい展望をもつことができる。なおいずれの場合も、ASEANからの大規模な条鋼輸入は起きる可能性が低い。ベトナム政府はこうした分析を踏まえたうえで政策決定すべきである[現在の関税案要確認]。

鋼板類の関税政策

鋼板類についても、AFTA規定に従うFAシナリオと保護の一時的延長を許すFBシナリオが想定できる。同様に政策オプションも、(1)FAをすべての輸入に課す、(2)FBをすべての輸入に課す、(3)FAをASEAN輸入に課しFBを域外輸入に課す、の3つを条鋼類と同じ手法で検討する。

近年の国際市況はとりわけ熱延鋼板生産にとって厳しいものであり、適正なマージンを許すものではなかった。ロシア・ウクライナの低価格輸出の動向には十分留意する必要がある。他方、自由化後のASEANからの鋼板輸入の可能性はあるが、それほど大きいものではない。シミュレーションによると、第1冷延ミルはいずれのケースも採算性を確保できる。第1熱延ミルについては、国際価格が低い場合、政策(1)では採算性を全く確保できないが、(2)ならばかろうじて確保でき、(3)はその中間である。国際価格が高い場合には、第1熱延ミルも採算性確保がかなり容易になる。今のところ財政省は中長期の鋼板関税を提示していないが、冷延・熱延ミルの建設が将来進めば、現在の低関税では困難が生じる可能性がある。


Copyright © 2003 GRIPS Development Forum. All rights reserved.